2012年12月07日

全国からのカンパで1本の映画ができました 「ひまわり」完成

全国からのカンパで1本の映画ができました 「ひまわり」完成


宮森小ジェット機墜落事故(1959年6月30日)の悲劇を描いた映画「ひまわり~沖縄は忘れない、あの日の空を~」(監督・及川善弘、脚本・大城貞俊)が完成した。
制作費1億4千万円のうち、4千万円は県内の個人や企業から、1億円は全国からのカンパで賄った。
「映画『ひまわり』を成功させる県民の会」の加藤彰彦代表は「戦争と基地が、特に幼い子どもたちに与えた悲しみや苦しみは、今も沖縄の現実として続いている。一人でも多くの人に見てほしい」と完成報告会で呼びかけた。
県内全市町村での上映を企画中。日程は決まり次第、公式サイトで順次発表する。
http://www.ggvp.net/himawari/


全国からのカンパで1本の映画ができました 「ひまわり」完成
(沖縄タイムス12/1、記事原文はこちら






小生も賛同人のひとりになっています。
県内のみならず全国各地での上映会をみなさん企画してください。お願いします
自主上映会の問い合わせはこちら
http://www.eigacenter-zenkoku.net/自主上映について/


【呼びかけ人】
鳥越 俊太郎 氏 (ジャーナリスト)
沖縄から米軍基地を全面退去しない限りこうした悲劇はこれからもなくならない。"基地被害"の原点のひとつとして映画化されるのを機会に、今一度沖縄のことを考えてみよう。みんなで!

池辺 晋一郎 氏 (作曲家)
沖縄を考えることは、すなわちこの国を考えることです。この映画から「真の平和」へ、まっすぐな線が引かれますように!

佐々木 愛 さん (女優)
周りの人に大いに宣伝したい、素晴らしい企画だと思います。
私に協力できる事があったらお申しつけ下さい。

小森 陽一 氏 (東京大学教授)
1959年6月30日に、米軍ジェット機が、うるま市の宮森小学校に墜落しました。子どもたちをはじめ、多くの犠牲者を出した事故の記憶を、映画「ひまわり~沖縄は忘れない あの日の空を~」は、現在に呼び戻します。沖縄に米軍基地がある以上、沖縄の人たちはこうした危機に日々さらされています。憲法の生きる沖縄にするため、この映画の製作上映運動を成功させましょう。

【賛同者】
吉永 小百合 さん (女優)
沖縄の方達が本当の笑顔を取り戻すまで、
私たちはしっかりとサポートしなければなりません。
「ひまわり」の製作に期待しています。

安斎 育郎 氏 (安斎科学・平和ミュージアム)

池澤 夏樹 氏(小説家)
歴史には忘れてはいけないことがあります。
宮森小学校の惨事はその一つです。
この映画に期待します。

西山 太吉 氏 (元毎日新聞記者)
沖縄は“復帰”40年の時点で、なお、国際間の対立、抗争の“基地”として存在し続けている。
このことは、沖縄“処分”の継続ともいえる。今回の製作は、そのことの確認の意味でも有意義である。

海老名 香葉子さん (エッセイスト)
沖縄でのあの戦禍のいたましさは、日本人としてこれほど哀しみはありません。制作完成いたしましたら、みんなを連れて拝見し学びます。

中沢 啓治 氏(漫画家)
沖縄の基地はなくさなくては・・・・

伊藤 真 氏 (弁護士)
憲法を理解するための必要な力、それは想像力そして共感力だと思っています。この映画はこうした力を鍛えるために大きな助けになるのではないでしょうか。憲法の原点を考える作品になることを信じています。

三上 満 氏 (全国革新懇代表世話人)
安保も基地もない沖縄、日本の未来に向けて大きく共同を広げる時。この映画が大きな力になるでしょう。期待し、応援します。

早乙女 勝元 氏 (作家)

益川 敏英 氏 (大学教授)

中村 梧郎 氏 (フォトジャーナリスト)
すべての軍事基地を沖縄から撤去しない限り悲劇はくり返されます。

伊藤 千尋 氏 (国際ジャーナリスト)
映画「ひまわり」製作上映運動に賛同します。
世界を回ると、いま、世界のあちこちで基地がなくなっているのを知ります。
外国軍の基地を追い出したフィリピンやエクアドルだけでなく、米国の国内でも基地は急速に消えています。
日本国内に米軍基地を置くかどうかは、米国の問題ではありません。私たち日本人の問題です。
私たちがまず一人から何かしらの行動を起こすことが、沖縄を変えることにつながると思います。

井上 麻矢 さん ((株)こまつ座代表取締役)

神田 香織 さん (講談師)
私は1977年の横浜緑区米軍ジェット機墜落事件を講談「哀しみの母子像」というタイトルで語っています。数年前には宮森小学校にも取材に行きました。住民や子どたちを犠牲にし、今だに住民たちに不安な生活を強いている米軍基地は一体誰を守っているのか!あらゆる表現で人々の想像力に訴え続けることが大切です。映画の完成と成功を祈っております。

石川 文洋 氏 (報道カメラマン)
1959年6月30日、私は本土にいてジェット戦闘機墜落のニュースを知った時に受けた衝撃を忘れることはできません。死傷した児童、市民が本当に可哀想と思いました。私の故郷でもある沖縄に米軍基地があるための悲劇です。又、いつ起こるかも分かりません。基地撤去です。宮森小学校、泊俊子校長先生の時、生徒と話し合いました。平良嘉男先生とはこの5月にもお会いしました。「ひまわり」を多くの人に見て頂きたいです。
(順不同)

映画「ひまわり」を成功させる沖縄県民の会
会 長 加藤 彰彦(沖縄大学学長)、副会長池宮城紀夫(弁護士)
大城 節子(沖縄県婦人連合会会長)、平良 嘉男(西原中学校校長・体験者)、 照屋 義実(元沖縄県教育委員会委員長・照正組社長)、 豊濱 光輝(石川宮森630会会長)、 宜野座映子(ハーフセンチュリー宮森代表)、 玉寄 哲永(沖縄県子ども会育成連絡協議会会長)
事務局長 本村 初枝(沖縄県映画センター代表・プロデューサー)

映画『ひまわり』は、宮森小事件のような大惨事が、 いつ、どこで起きてもおかしくない沖縄の現状を 日本全国に発信したいと企画したものです。 沖縄だけでなく、製作運動は全国各地で取り組まれ、 全国での上映をめざします。


~よびかけ~

激しい勢いで子ども集団に米軍ジェット機が突っ込み、墜落炎上したあの日。傷ついた子どもと地域住民の痛みと悲しみは、平和な社会実現のための原点として、今、蘇ろうとしている。
憎しみと破壊の連鎖をくり返す戦争。宮森小学校の悲劇、庶民の暮らしの破壊を二度とくり返してはならない。私たちは、この映画製作を支援する会として、安心できる時代を作るため次の一歩を踏み出す決意である。
沖縄県民の会、加藤彰彦(沖縄大学学長)

【賛同人】107人 50音順

会沢芽美(メッセージシンガー)、アウエハント静子(波照間島研究生)、赤嶺政賢(衆議院議員)、安里英子(沖縄恨の碑の会代表)、安里猛(宜野湾市長)、安次富浩(ヘリ基地反対協議会)、安仁屋政昭(沖縄国際大学名誉教授)、新垣繁信(安保廃棄沖縄県統一連代表幹事)、新垣邦夫(北中城村村長)、新川秀清(嘉手納爆音訴訟原告団団長)、伊志嶺雅子(元沖縄県女性団体連絡協議会会長)、石嶺傳實(読谷村村長)、伊佐真次(ヘリパットいらない住民の会)、石原昌家(沖縄国際大学名誉教授)、伊波シゲミ(宮森小学校校長)、伊波洋一(前宜野湾市長)、伊波義安(奥間川流域保護基金)、伊波敏男(信州沖縄塾塾長)、糸数久美子(沖縄県中小企業家同友会代表理事)、糸数慶子(参議院議員)、稲嶺進(名護市長)、稲福勉(沖縄平和ネットワーク)、上地幸一(沖縄県中学校長会会長)、上原直彦(放送人)、上原昌義(沖縄医療生活協同組合理事長)、上原裕常(糸満市長)、上間明(西原町長)、浦島悦子(ヘリ基地いらない二見以北十区の会共同代表)、江川義久(石垣アルスの会)、大城英哲(城間小学校校長)、大城実(沖縄キリスト教大学平和研究所所長)、大山哲(元沖縄タイムス記者)、翁長雄志(那覇市長)、大城肇(琉球大学副学長)、加藤裕(ネットワーク沖縄九条の会事務局長)、亀浜玲子(ハンセン病と人権市民ネットワーク宮古共同代表)、宜保晴毅(豊見城市長)、儀武剛(金武町長)、儀間光男(浦添市長)、喜屋武肇(前北中城村長)、古謝景春(南城市長)、今郁義(北谷町生涯学習プラザ館長)、桜井国俊(沖縄大学教授)、佐久本嗣男(沖縄県立芸術大学学長)、志喜屋文康(恩納村長)、島田善次(普天間爆音訴訟原告団団長)、白石弘幸 島袋俊夫(うるま市長)、島袋義久(大宜味村長)、城間俊安(南風原町長)、霜鳥美也子(夢工房代表)、下地久美子(桜坂劇場プログラムディレクター)、新城将孝(沖縄大学教授)、瑞慶覧長敏(衆議院議員)、平良啓子(大宜味村憲法九条を守る会世話人代表)、高里鈴代(基地・軍隊をゆるさない女たちの会代表)、高嶺善伸(沖縄県議会議長)、高良勉(詩人)、嵩原康夫(税理士)、玉城デニー(衆議院議員)、玉城信人(沖縄県青年団協議会会長)、玉那覇哲(沖縄県高等学校・障害児学校教職員組合委員長)、知花聡(沖縄県生活協同組合連合会専務理事・沖縄県学童保育連絡協議会会長)、照屋寛徳(衆議院議員)、渡嘉敷綏秀(沖縄県視覚障害者の生活と権利を守る会事務局長)、富田詢一(琉球新報社社長)、當山宏(嘉手納町長)、東門美津子(沖縄市長)、豊平良孝(沖縄タイムス社社長)、富川盛武(沖縄国際大学学長)、友利哲夫(本部町立博物館)、中石清重(元校長)、仲地博(沖縄大学副学長)、中村勝彦(沖縄県退職教職員会会長)、中山きく(青春を語る会代表)、仲本興真(沖縄県商工団体連合会会長)、仲村兼明(画家)、長堂登志子(沖縄県民間教育研究所所長)、野国昌春(北谷町長)、野里洋(ジャーナリスト)、花城清善(沖縄県老人クラブ連合会会長)、浜田京介(中城村長)、比嘉えみこ(やんばる彩葉代表)、比嘉秀次(結の会々長)、東肇(宜野座村長)、比屋根方治(八重瀬町長)、福地曠昭(1フィート運動の会代表)、古堅國雄(与那原町長)、前田芙美子(新日本婦人の会沖縄県本部会長)、真栄城栄子 真栄城玄徳(くすぬち平和文化館館長)、町田宗浩(沖縄テレビ放送社長)、松本淳(浦添グリーンハイツ自治会長)、宮城辰三(沖縄県PTA連合会会長)、宮城信雄(沖縄県医師会会長)、宮城馨(国頭村長)、本仲範男(沖縄県小学校長会会長)、山本隆司(沖縄県教職員組合委員長)、山内末子(石川・宮森630会理事)、山内徳信(参議院議員)、山内榮(琉球大学非常勤講師)、山内道美 与儀喜一郎(沖縄県平和委員会代表理事)、與座初美(こども家庭リソースセンター代表)、横田真利子(沖縄平和ネットワーク)、与那覇恵子(名桜大学教授)、與那嶺幸人(今帰仁村長)


映画「ひまわり」を成功させる沖縄県民の会
沖縄県豊見城市渡嘉敷250-101
TEL:098-856-2155 FAX:098-856-2163

映画「ひまわり」製作と上映を成功させる会
東京都文京区本郷5-20-4ヴィラ・アモン303 映画センター全国連絡会議内
TEL:03-3818-6690 FAX:03-3811-5914


【関連する日記アーカイブ】
2012,06,30 オスプレイ配備通告 宮森事件のその日に
2009.07.01 50年目の宮森小学校


12/10追記

琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.12.09 宮森小米軍機墜落事故をテーマに 映画「ひまわり」完成披露試写会



宮森小ジェット機墜落事故(1959年6月30日)の2年後の1961年12月7日には、同じうるま市(川崎)に米軍ジェット戦闘機が墜落し死者2人、重軽傷7人を出す事故が起きている。

全国からのカンパで1本の映画ができました 「ひまわり」完成 
(沖縄タイムス12/8、記事原文はこちら










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Posted by ミチさん at 21:53│Comments(0)映画
 
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