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Posted by TI-DA at

2013年08月24日

この国の表現の自由、知る権利は「危険な水域」に入ったのではないか

昨日の沖縄タイムス1面コラム「大弦小弦」から
 
太い線で描かれた人、漆黒の闇に、大木。独特の絵が何とも恐ろしかった。逆に、それが幼心を強く印象付けたのか、読むほどに好きになった

 絵本「モチモチの木」は、優しい祖父と2人で暮らす男の子の勇気の物語だ。今では絵もストーリーも味わい深く感じる

 似た経験は、小学生の時の漫画「はだしのゲン」でもあった。確か「週刊少年ジャンプ」の最後に載っていた。他と違って原爆の残酷さや戦後の貧困、いじめなどが強烈に描かれ、初めのころは避けていた。徐々に「ゲン」の世界に引きずり込まれたのは、自宅で無造作に置かれた環境があったからだ

 その「ゲン」が、松江市内の全市立小・中学校では自由に読めない「閉架」措置になっている。鳥取市立中央図書館でも2年前から事務室に移し、別置きにしたままだった

 いずれも旧日本軍のアジアでの暴力的なシーンへの市民からのクレームが発端だ。松江市教育委員会は発達段階の子どもが自由に読むには不適切だと判断したという

 世界約20カ国語に訳され、ほぼ評価の定まった作品に対し、子どもが自由に接する機会を大人が奪っているに等しい。成長過程にあるからこそ、いつでも自由に手に取り、学び、考える機会を最大限に確保するのが大人の役目だ。子どもの力を、もっと信じたい。(与那嶺一枝、沖縄タイムス8/22、記事原文はこちら



 
(沖縄タイムス8/22)



 
(琉球新報8/22)



 
(琉球新報8/23)



 
(琉球新報8/23)



 
(琉球新報8/23)



 
(琉球新報8/23)



これまでの経緯はこちらでわかります
http://matome.naver.jp/odai/2137662713442272601




沖縄タイムス8/23社説 [はだしのゲン「閉架」] 平和考える機会奪うな
下

[はだしのゲン「閉架」] 平和考える機会奪うな

 子どもたちが戦争の実相に触れ、平和を考える機会を、教育現場から奪うことになりかねない。

 松江市立小中学校の図書室で、原爆の悲惨さを描いた漫画「はだしのゲン」が自由に読めなくなった。市教育委員会が、閲覧制限を全市立小中学校に求めたからだ。

 措置が明るみになって以来初めてとなる、教育委員の定例会議が22日、開かれた。制限を継続するかどうかの結論は先送りされた。あらためて協議するという。

 「はだしのゲン」は、昨年12月に亡くなった漫画家、中沢啓治さんが自身の被爆体験を基に描いた自伝的作品だ。

 市教委は「作品自体は高い価値があると思う」と認めつつも、暴力描写が過激だと問題視する。旧日本軍によるアジアの人々への残虐行為などだ。「教員のフォローが必要だ」と学校側に「閉架」措置を要請した。

 だが、教育委員の会議では諮られておらず、校長へのアンケートでも、制限が必要と答えたのは約1割の5人にとどまっていた。

 作品には、確かに残酷な描写はある。だが、描かれた惨状は戦争そのものである。

 克明な描写には少年誌への連載当時も批判が寄せられた。しかし、作者の中沢さんは「現実から逃げるな」とはねつけたという。

 各教育委員には、この物語に込めた作者の信念、そして戦争のむごたらしさを子どもたちに伝えてきた役割を、いま一度、思い起こしてもらいたい。「閉架」要請は撤回すべきだ。子どもたちが、図書室で自由にこの作品を手に取る機会は保障してもらいたい。

    ■    ■

 閲覧制限の発端は、昨年8月、「はだしのゲン」を学校の図書館に置かないよう求める市民からの陳情だった。市議会は同年12月に不採択としたものの、「大変過激な文章や絵が占めている」との意見が出たことから、市教委で取り扱いを協議した。

 下村博文文部科学相は「子どもの発達段階に応じた教育的配慮は必要」と松江市教委の判断に理解を示した。

 しかし、子どもたちは、たとえすぐに全てを理解できなくても、胸をえぐられるような感情を通し、本質をつかみ取る力を持っている。だからこそ世代を超えて読み継がれてきたのだ。

 一部の指摘をきっかけに、開かれた議論も十分ないまま自主規制に走る姿勢は疑問だ。

    ■    ■

 教育委員会が教育現場に介入する事例が相次いでいる。

 国旗掲揚と国歌斉唱に関し「一部自治体で公務員へ強制の動き」と言及した日本史教科書について、神奈川県教委は使用を希望した高校に再考を求めた。東京都教委なども「不適切」との見解を示した。

 これまで自由に読めていた蔵書に許可が必要になった。これまで現場が判断していた教科書選択で、見直しが求められた。なぜか。

 安倍晋三首相は全国戦没者追悼式の式辞で、アジア諸国への反省と加害責任に触れなかった。安倍政権の歴史認識に象徴される「空気」が背景にないか、注視する必要がある。
(沖縄タイムス8/23社説、記事原文はこちら
  

琉球新報8/22社説 はだしのゲン 目隠しをして何になろう 
下

はだしのゲン 目隠しをして何になろう

 原爆を題材にした漫画「はだしのゲン」を、島根県松江市の教育委員会が市内全小中学校の図書室で許可なく閲覧できないようにし、批判を浴びている。書棚から撤去したため、子供たちは自由に手に取ることすらできない。
 
 原爆や戦争のむごたらしさから子供たちを目隠しして何になろう。実相を学ぶ貴重な機会を子供たちから奪ってはならない。市教委は直ちに制限を撤回すべきだ。
 
 「はだしのゲン」は、作者の故中沢啓治さんが自らの被爆体験を基に、原爆の惨状と戦後の苦難を鮮烈に描いた名作だ。
 
 中沢さんも当初は被爆体験を隠していた。だが戦後21年で死去した母を火葬した際、「あるはずの骨が無く、灰しか残らなかった。原爆はおふくろの骨まで奪った」。その怒りが創作の原動力となった。
 
 1973年から12年間描き継がれ、学校や図書館に置かれるようになる。英語・ロシア語・ペルシャ語など20カ国語に翻訳され、世界にも広まった。作品の価値の高さゆえであろう。国境や世代を超えて読み継がれた名作を、当の、唯一の被爆国の子供たちが読めないとは、不条理そのものだ。
 
 閲覧制限はある男性が松江市教委に送った陳情書がきっかけだ。日本軍が中国人の女性を殺す場面などを例に挙げて「偏ったイデオロギー」と非難し、学校からの撤去を求めている。同じ男性が高知でも同様の陳情書を送っており、各地に広げる狙いを持っているのは明らかだ。
 
 一部の人々からの抗議のメールや電話を受け、公的機関が当初の姿勢を撤回するのは、沖縄県が旧32軍壕の説明板から「慰安婦」「住民虐殺」の文言を削除した際の姿と、うり二つである。
 
 ある考え方が気に入らないからといって作品そのものを閉め出すのは、ナチスの焚書(ふんしょ)と同質の行為ではないか。これを許せば、軍部に恐れをなし、徐々に自由な言論が奪われた戦前の繰り返しとなりかねない。
 
 「はだしのゲン」は鳥取市立中央図書館も閲覧制限していたことが分かっている。日の丸掲揚・君が代斉唱の強要に注意を促す教科書について、各地の教育委員会が不採択を求めたことも想起される。
 
 この国の表現の自由、知る権利は危険な水域に入ったのではないか。言論封殺の進行はぜひとも食い止めなければならない。
(琉球新報8/22社説、記事原文はこちら



“「加害の史実」を隠蔽しよう”を
 政府・自民党は21世紀の国策にしようとしている


その1点で 「はだしのゲン 閉架問題」と「歴史教科書採択問題」は文科省の1丁目1番地である


まず地方で火種をつくり、燎原の火となったところで政府が主導して収拾させる 
これ権力の常套手段


 
(沖縄タイムス8/23、記事原文はこちら



 
(琉球新報8/21、記事原文はこちら



【関連する日記アーカイブ】
2013.06.02 自民公約追加案に「育鵬社版歴史教科書」推奨か
2013.04.17 これで首長の思い通りの教科書が使えるようになります


【関連する日記アーカイブ】
2013.07.28 秘密保全法案、臨時国会に提出へ
2013.05.29 「秘密保全法」成立のカウントダウンが始まった


8/27追記

 
(琉球新報8/27、記事原文はこちら



 (琉球新報8/27)



8/28追記

琉球新報8/28社説 閲覧制限撤回 一件落着とはいかない
下

閲覧制限撤回 一件落着とはいかない

 島根県松江市の小中学39校の図書館で、漫画「はだしのゲン」の閲覧が制限されていた問題は、市教育委員会が制限を撤回することで、一応の決着をみた。

 児童生徒が、原爆投下の悲惨さを描く「ゲン」を通して戦争の実態を知る機会を奪われ続ける事態は避けられた。「知る権利」と「学ぶ権利」が守られたことは当然であり、評価したい。

 経緯を振り返ると、教育的配慮の名の下に、前市教育長の判断を踏まえて教育委員会事務局だけで閲覧制限を求めることを決定し、半ば強制力を持って学校現場に指示された。

 教育委員抜きの独断という、手続き論が問題視され、松江市教委の対応は覆された。だが、問題の本質は根が深く、一件落着とはならない。全国的な再発防止に向けてなお課題を残している。

 もとより、被爆地・広島市では、「ゲン」を命の大切さや家庭愛を学ぶ教材と位置付け、小学3年の平和教育で用いていることに思いをはせねばならない。

 事の発端は、昨年8月、「ゲン」の撤去を求める陳情が、松江市議会や市教委に出されたことだった。旧日本軍の残虐行為が描かれているとして「間違った歴史認識」と非難したが、市議会は陳情を不採択としていた。

 一方の市教委側は複数の幹部で「ゲン」を読み込み、全10巻の末尾に近いごく一部にある旧日本軍の残虐行為を問題視し、閲覧制限に突っ走ってしまった。

 平和の尊さを学ぶ機会を奪い、児童生徒が本を自由に読む権利をないがしろにする決定がどれだけ重大かという、想像力が欠如していたと言うしかない。

 一部の強い主張や圧力を恐れ、事なかれ主義に陥った行政が過剰に反応したりするケースが、全国で増える傾向にある。

 沖縄戦の継承という課題を抱える県内でも起きかねない事態と受け止め、平和教育に携わる関係者、そして家庭の中でも、児童生徒の学ぶ権利、知る権利を不当に奪ってはならないという教訓として肝に銘じたい。

 安倍政権下で、教育行政の権限を教育長に集中させることが検討されている。今回の事態は、その危うさも照らし出した。市教委の対応をめぐり、下村博文文部科学相は「違法ではなく、問題ない」と述べたが、学ぶ権利や知る権利への見識が疑われる発言である。
(琉球新報8/28社説、記事原文はこちら


9/2追記

 
(沖縄タイムス8/31)



 
(琉球新報9/1)



9/12追記

下にあるスクロールバーを左右に動かしてお読みください

日本の教育システムは「予防」に比重を置きがちだが、むしろ「修復力・再生力」(リカバリー)を重視すべきだ

 
(琉球新報9/10)



 
(沖縄タイムス9/11)
  


Posted by ミチさん at 01:04Comments(4)自民暴走・右傾化

2013年08月22日

「ヘリ墜落抗議」宜野座村民大会

 
(沖縄タイムス8/22電子号外、記事原文はこちら



 
(琉球新報8/22)



 
(琉球新報8/19)



8/23追記

琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2013.08.23 米軍ヘリ墜落事故 宜野座村民1100人が抗議の声上げる


琉球新報8/23社説  宜野座村民大会 県民の総意と受け止めよ
下

宜野座村民大会 県民の総意と受け止めよ

地域住民の生命や財産が脅かされ続ける現状に対する強い憤りを、日米両政府は今こそ真剣に受け止めるべきだ。

 米軍HH60救難ヘリコプター墜落事故に抗議する宜野座村民大会には約1100人(主催者発表)が参加し、日米両政府への厳しい批判の声が噴出した。

 乗員1人が死亡した墜落炎上事故もさることながら、事故後も変わらない米国の軍事優先の対応や、それに盲従する日本政府の姿勢からは、反省のかけらも感じられないためだ。

 事故の原因究明もなされず、具体的な再発防止策も示されないまま、県民の強い反対を押し切ってわずか2週間足らずで同機種の飛行訓練は再開された。住民の命と暮らしを軽視した人権蹂躙(じゅうりん)にも等しい行為と指弾せざるを得ない。

 墜落の危険性が懸念されるオスプレイの追加配備も墜落事故から1週間後に再開され、旧盆中の中日にはそのうちの2機が配備後初の飛行訓練を実施した。米軍岩国基地(山口県)からの飛来は、地元の要望に配慮してお盆の時期を避けたのとは極めて対照的だ。

 沖縄には犠牲を強要しても構わないとする差別意識が働いているとしか思えない。このような露骨な二重基準がいつまでも許されていいはずはない。

 大会決議では、事故原因の究明までの同機種の飛行中止やオスプレイの即時全機撤収などを求めた。これは何も宜野座村民だけの訴えではなく、多くの県民の思いを代弁するものだ。

 宜野座村は村面積の50・7%を米軍基地が占め、軍用地料などの基地関係収入が村歳入の34・1%(2011年度)に達する。金武町や恩納村にも該当するが、基地に依存する財政事情は、土地を基地に奪われ共存を強いられた“ひずみの構造”の表れにすぎない。

 本土の政治家や官僚、一部メディアなどは、基地に反対する動きについて、振興策や財政支援を引き出すための条件闘争だと今なお曲解する向きもあるが、事実誤認も甚だしい。

 大会で當眞淳村長は「将来を担っていく子たちのために粘り強く声を上げていく」と強調し、女性代表の島田久美子さんは「村内でも県内でも軍事訓練、飛行訓練が止まるまで声を上げ続けよう」と訴えた。日米両政府は、沖縄の不退転の決意にほかならないと認識すべきだ。
(琉球新報8/23社説、記事原文はこちら


 
(沖縄タイムス8/23)



 
(琉球新報8/23)



 
(琉球新報8/23)



 
(琉球新報8/23)



宜野座村だけでもこれだけの基地関連被害が起きています
知ってください 助けてください






8/24追記

沖縄タイムス8/24社説  [届かぬ「沖縄の声」] 知事が前に出るときだ  
下

[届かぬ「沖縄の声」] 知事が前に出るときだ

 「沖縄の声」は、どうして日米両政府に届かないのだろうか。ここで「沖縄の声」というのは、穏やかな暮らしと平和を願い普天間飛行場の辺野古移設とオスプレイ配備に反対する「ごく普通の人びと」の声のことである。

 宜野座村は村面積のおよそ50%を米軍基地が占める。村人口約5800人。22日に開かれた「米軍のヘリ墜落事故に抗議する宜野座村民大会」(主催・村基地対策協議会)には、主催者発表で1100人が参加したという。

 大会の主役は、この地で暮らしを営む「ごく普通の人びと」だ。

 基地問題をめぐる異議申し立ては今や、労働組合主導でもなければ左翼主導でもなく、強いて一言で言えば、党派的な主張を超えた「命と暮らしと尊厳を守る取り組み」に変化しつつある。

 宜野座村城原区は、すでに6回も単独で抗議・要請行動を展開した。「手の届くような高度」だと住民が表現する低空飛行や、日米合意違反の夜間飛行が、住民の日常をかき乱す。

 HH60ヘリが墜落したキャンプ・ハンセンの現場から民家までは、わずか2キロしかなかった。キャンプ・ハンセンは、米本国や日本本土の演習場と違って、狭い。かつて、りゅう弾砲の被弾事故や流弾事故が相次いだのは、演習場がその種の実弾砲撃訓練に適していなかったからである。

 人口密集地にある普天間飛行場は、利用可能な土地が限られ、クリアゾーン(土地利用禁止区域)が米軍の基準を満たしていない。

    ■    ■

 オスプレイ配備に向けて日米が合意したルールは、早くも有名無実化しつつある。嘉手納基地、普天間飛行場を対象にした騒音防止協定もそうだ。「運用上必要」だと判断すれば、日米合意違反にはならない、という抜け道が用意されているのである。

 こうした一連の現実は、沖縄の基地問題が、その場しのぎの対策では解決できないことを示している。

 動かない両政府を動かすためには、仲井真弘多知事が日米両政府に対し、誤ったメッセージを与えないことが大切だ。

 米政府や議会周辺では「知事は埋め立てを認める」との観測が急速に広がっているのだという。情報源は知事の翻意を願っている人たちだ。単なる希望的観測だと言い切れないのは、知事の言動にそう思わせるものがあるからである。

 県内保守層や経済人の間にも「矛を収めるべきだ」と知事に進言する人が増えているという。翻意を促す包囲網が狭まりつつある。

    ■    ■

 1996年に移設返還に合意していながら、この先、さらに10年前後も人口密集地の普天間飛行場を使用するというのは、移設計画の破たん以外の何ものでもない。

 移設計画が暗礁に乗り上げ、オスプレイを宜野湾市のど真ん中に配備せざるを得なくなったのは、そもそも移設計画に無理があったからである。そのことをしっかり政府に伝え、状況を動かしていく胆力が知事に求められる。
(沖縄タイムス8/24社説、記事原文はこちら


 
(沖縄タイムス8/24、記事原文はこちら





  


2013年08月17日

連載「倍増の恐怖 沖国大ヘリ墜落9年」≪完≫

沖国大ヘリ墜落から9年が経った。2度にわたるオスプレイ配備、5日のヘリ墜落事故。ますばかりの危険に、当時を知る人々は険しい視線を向ける。


 
(沖縄タイムス8/14)



 
(沖縄タイムス8/15)



 
(沖縄タイムス8/16)



 
(沖縄タイムス8/17)



【関連する日記アーカイブ】
2013.08.14 「普天間閉鎖・返還を!」  沖国大ヘリ墜落9年   


Posted by ミチさん at 21:08Comments(0)沖縄は日本の質草か

2013年08月14日

「普天間閉鎖・返還を!」  沖国大ヘリ墜落9年

 
(琉球新報8/14、記事原文はこちら



 
(琉球新報8/14)



琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2013.08.13 沖国大で集会 普天間基地閉鎖を要求
2013.08.13 沖国大米軍ヘリ墜落から9年
2013.08.14 宜野湾市議会が抗議 墜落事故・オスプレイ配備に怒り


  
(沖縄タイムス8/14)



 
(沖縄タイムス8/14)



琉球新報8/13社説  「節目」と追加配備 沖縄に人権はないのか 配備撤回で対米要求を
下

「節目」と追加配備 沖縄に人権はないのか 
配備撤回で対米要求を

 米空軍嘉手納基地所属のHH60ヘリの墜落事故を受け、一時中断していた海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの普天間飛行場への追加配備が再開された。

 追加配備が完了すれば普天間のオスプレイは昨年10月に配備された最初の12機と合わせて24機態勢となり、CH46中型ヘリとの交代が終了する。安全性が強く懸念されている機体が今後、沖縄の空をわが物顔で飛び交うことになる。

 先日の墜落事故からわずか1週間だ。県民挙げての強い反対を押し切り、追加配備を強行した日米両政府に強い憤りを禁じ得ない。

よみがえる悪夢

 きょう8月13日は、2004年の同じ日に沖縄国際大に海兵隊のCH53D大型輸送ヘリが墜落してから9年となる日だ。

 住宅地上空で操縦不能となったヘリが大学の本館に激突し、爆発・炎上した。ヘリの破片は周辺地域に飛び散り、乳児が眠る住宅の寝室も直撃。巨大なローターの破片はバイクを破壊し、家の壁に突き刺さった。乗員3人が重軽傷を負い、住民が死傷を免れたのが本当に奇跡と思える事故だった。

 記憶は今も生々しい。居合わせた人には墜落の恐怖が心の傷として残っている事例もある。こうした中、5日のヘリ事故は多くの県民の悪夢をよみがえらせた。米軍の事件や事故が繰り返される日常では、心の傷を癒やすことも難しい。県民には最低限の人権すら認められないのか。


 沖縄にとって特別な意味を持つ日を前に、米軍は移動を強行した。追加配備の12機は先月末に米本土から山口県の岩国基地に搬入され、普天間への移動を3日に開始。だがヘリ事故を受けて日本政府が追加配備の一時見合わせを要望し、米側が応じていた。

 日本側が一時見合わせを求めたのは事故で米軍機の安全性への懸念がさらに高まったことを踏まえた措置だったはず。機種が違うとはいえ、乗員1人が死亡した事故の原因究明もこれからだ。日程を1週間遅らせたところで、県民がその姿勢を評価するだろうか。事故原因の公表や再発防止策、安全対策に関する説明もないままの強行配備は言語道断だ。

 追加配備の再開は日本側からの「15日の終戦記念日や夏休み時期となるお盆(13~15日)は避けてほしい」という非公式な要請もあり、12日になったとの見方もある。沖縄を愚弄(ぐろう)するにも程がある。

 オスプレイに対して県と県内全ての市町村、全市町村議会と県議会が反対していることは、これまで何度も指摘してきたところだ。

空疎な言葉

 先月中旬の県民世論調査では82・3%が追加配備に反対と答えており、仲井真弘多知事も、追加配備の中止と配備計画の見直しを求める立場に変わりはない。沖縄は繰り返し叫んでいるのに、日本政府は「のれんに腕押し」(知事)の態度を取り続けている。

 安倍晋三首相は追加配備に関し「日米の合意を適切に実施するよう米側と緊密に連携したい」と述べ、安全確保に万全を期す考えを強調したが、地元が日米間で合意した飛行ルールに違反する事例をいくら指摘しても、政府は「確認できない」として訴えを退ける。首相の言葉が、空疎に響く。

 9年前の事故で忘れられない光景がある。国内の民間地で起きた事故にもかかわらず、日本警察の捜査権は米軍に奪われ、キャンパスは米兵に占拠された。視察した政府高官も米軍に制されていた。

 70年近くも前の戦勝国の意向に今も唯々諾々と従い、一方で民主主義の手続きに従って正当に要求し続ける国民の方ばかりを説得しようとする。これが主権を持った独立国家の姿と言えるのか。

 追加配備で問題が終わるわけでもない。機数が倍になれば負担はさらに増す。日本政府が国民の命と財産を米国に差し出すような行為は許されない。配備撤回に向けた交渉を、今こそ米側に強く申し入れるべきときだ。
(琉球新報8/13社説、記事原文はこちら



【関連する日記アーカイブ】
2010.08.13 米軍ヘリ墜落から6年
2009.08.13 ヘリ墜落から5年、政権交代で沖縄の空は変わるか?  


2013年08月06日

映画『標的の村』 QAB「高江」番組を映画化 9月7日から桜坂劇場(那覇)で公開

1/14追記

映画「標的の村」「キネマ旬報」年間ベスト10で第1位 (琉球朝日放送、動画あり)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



映画『標的の村』公式サイト
http://www.hyoteki.com/


下にあるスクロールバーを左右に動かしてお読みください

 
(琉球新報8/6)



【関連する日記アーカイブ】
2012.12.03  QAB「標的の村60分版」とNNNドキュメント
2012.11.30 「標的の村 国に訴えられた東村・高江の住民たち」(60分版)


9/9追記

沖縄タイムス9/11大弦小弦より

 「市民団体とは付き合うなと言われている」。中央メディアの記者のつぶやきに感じた疑問が澱(おり)のようにたまっている

▼「平和運動の中に入り込んで取材して、すごいですね。僕らはあっち側には行けない」(8日付本紙)。映画「標的の村」を監督したQABの三上智恵さんに向かう記者の言葉にも同じような冷たさがにじむ

▼こちらとあちらを何が分けるのか。『その「民衆」とは誰なのか』(中谷いずみ著)は、官邸前の反原発デモを「生粋の市民」が参加したと好感した報道の例を挙げる

▼そこには「生粋の市民でない」人を選別し、労組などの組織に属する人の声は「本当の市民の声でない」とするような遠近法が潜んでいるのだという。政治的に無色であることを政治運動に求めようとする倒錯した現象を過去にさかのぼってあぶり出す

▼「プロ市民」「工作員」。平和運動を攻撃するレッテルは、関わる人々を着色し、無意味なものにしようとする。中央メディアの東村高江の取り組みへの及び腰な態度は、それと通底していないか

▼小さな集落に負担を押し付け、反対運動を裁判で抑え付ける。高江には非力な市民が国に立ち向かわざるを得ない現場がある。色眼鏡を外せば、彼らの叫びが、穏やかな暮らしを守るための抵抗であることが分かるはずだ。(具志堅学、記事原文はこちら


琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2013.09.09 「標的の村」沖縄でも公開
2013.09.07 ドキュメンタリー映画「標的の村」 大盛況の中 県内公開始まる


9/11追記

琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2013.09.10 県環境アセス審査会答申 高江ヘリパッド オスプレイの影響調査を


 
(琉球新報9/11、記事原文はこちら



9/24追記

下にあるスクロールバーを左右に動かしてお読みください

 
(琉球新報9/19)



10/14追記

沖縄タイムス10/14 大弦小弦より
 東村高江のヘリパッド建設やオスプレイ配備に反対する住民を追った琉球朝日放送制作の記録映画「標的の村」が全国で好評を博している

▼20都市以上で公開され、観客動員は1万2千人を超えた。東京では封切りから2カ月たった今もロングラン上映が続く

▼「沖縄の実情を全く知らなかった」「報じないメディアの機能停止を思い知らされた」などの反応が多く、自主上映の申し込みが相次いでいる

▼機動隊と住民の攻防場面、客席で涙を流す人も多いという。だが、三上智恵監督は「泣いて浄化してスッキリされては困る。問題の当事者として、もやもやを抱えたまま帰ってほしい」と語る

▼10日開幕した山形国際ドキュメンタリー映画祭のアジア部門上映作品にも選ばれた。成田空港建設反対の三里塚闘争を農民の側から撮った記録映画で有名な小川紳介監督が発案し、1989年に始まった映画祭。そこで沖縄の闘争を住民側から撮った作品が上映されることに意義を見いだす観客も多いのではないか

地方発番組の全国放映が難しい中、「沖縄の現実を多くの人に伝えたい」という思いから出発した記録映画高江の実情を世に問い掛け、普天間基地封鎖の事実を広く知らしめた。本土との温度差に絶望しなかった制作者たちの執念が確実に共感を広げている。(田嶋正雄、記事原文はこちら


10/21追記

琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2013.10.17 「標的の村」W受賞


沖縄タイムス10/21 大弦小弦より
 先週、この欄で取り上げた琉球朝日放送制作の記録映画「標的の村」山形国際ドキュメンタリー映画祭で、市民賞と日本映画監督協会賞をダブル受賞した。特に観客の投票で選ばれる市民賞は、共感の広がりが示された快挙だ。同じ報道人として拍手を送りたい

▼映画祭立ち上げの中心となった故小川紳介監督は、1970年代の成田空港建設反対闘争の一連の記録映画で名高い。機動隊の隊列の後ろから撮影する大手マスコミに対し、機動隊と正面から向き合い、農民側から撮ることに一貫してこだわったという。「標的の村」の立ち位置の鮮明さに共通点を見た観客も多いのではないか

▼そして、何より重要なのは「映画として面白い」ということに尽きる。高江の住民が魅力的なだけでなく、対峙(たいじ)する建設業者や警察官も一人一人「顔のある」人間として捉えている

▼厳しい衝突場面もあるが、「酒くさい」「腹が出てる」などの思わず笑ってしまうやりとりもある。沖縄の闘争のおおらかさ、弾力性のある強さが伝わり、作品に厚みをもたらしている

▼一方で、ラストシーンはスッキリしない。投げ掛けられた問題は何一つ解決せず、沖縄の現在進行形の混沌(こんとん)が映し出される

三上智恵監督は「見てしまった観客は、すでに当事者」と語る。映画はまだ終わっていない。(田嶋正雄、記事原文はこちら


2015.2/14追記

 
(沖縄タイムス2/14、記事原文はこちら


  


Posted by ミチさん at 22:09Comments(7)映画高江ヘリパッド建設反対

2013年08月06日

米軍機墜落炎上 続報

事故現場は住宅地から2㌔地点 外国では考えられません

9年前、市街地の大学に墜落炎上
それでも何も変わらなかった

政府は国民の命を守りません
「負担軽減」という空手形ばっかしで、負担強化し続けています

沖縄はこんな国と心中したくありません



 
(琉球新報8/6、記事原文はこちら


<用語>HH60救難ヘリコプター
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-210623-storytopic-9.html


 
(琉球新報8/6)



 
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政府の本音は
 
(沖縄タイムス8/6)



琉球新報8/6社説 米軍ヘリ墜落 理不尽は終わりにしたい
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米軍ヘリ墜落 理不尽は終わりにしたい

 どれほどの痛みを被れば、沖縄は米軍の事故の恐怖から解放されるのだろう。宜野座村のキャンプ・ハンセン内に米空軍所属のHH60救難ヘリ1機が5日、墜落した。 県民挙げての強い反対を押し切って日米両政府が垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを追加配備しようとしているさなかのことだ。もうすぐ米軍ヘリ沖国大墜落9周年もめぐってくる。そんな中での墜落だ。
 
 県民の犠牲の恐れがあってもオスプレイ配備を撤回せず、ヘリ基地の県内移設押し付けもやめようとしない。沖縄の人には生命を脅かされずに暮らす権利さえ無いと言わんばかりの、この国はいったい何なのか。米国も、自国では許されぬ市街地飛行を繰り返すのは人種差別ではないのか。そんな根源的な疑問がわいて仕方がない。
 
 復帰後の米軍機の墜落は昨年末までに県が把握しただけで43件に上る。空中接触や移動中損壊、着陸失敗など他の事故も含めると、枚挙にいとまがない。死亡者は34人、行方不明は24人に達する。
 
 今年も5月下旬にF15戦闘機が既に墜落しているから、今回で復帰後45件目の墜落ということになる。1年に1回以上だ。こんな県がほかにあるか。
 
 復帰前に目を向ければ、犠牲はもっと膨らむ。小学生ら18人が犠牲になった宮森小ジェット機墜落事故を持ち出すまでもない。
 
 不幸中の幸いだが、今回の事故で県民の犠牲者はいない。だが付近の松田区などには保育所も幼稚園も小学校もあり、間近に自動車道も通っていた。
 
 まして普天間・嘉手納の両飛行場は市街地の真ん中にあるから、沖縄で再び事故が起きれば奇跡でもない限り人身、財産への影響は免れないだろう。そんな中、損害額百万ドル以上の事故率が海兵隊平均より6割も高く、墜落が時間の問題のオスプレイを追加配備するとは、危険な人体実験としか思えない。
 
 実は外国軍が長期・大規模に駐留するのは第二次大戦後の現象だ。ましてこれほど一地域に集中して押し付ける のは世界史的にもまれなのである。

 そのような理不尽はもう終わりにしたい。日米両政府が沖縄の訴えに耳を貸さない以上、仲井真弘多知事の言う「全基地即時閉鎖」しか、もはや選択肢はないのではないか。沖縄に犠牲を強要し続ける日米両政府の差別性を国際社会に訴え、事態打開を図りたい。
(琉球新報8/6社説、記事原文はこちら


沖縄タイムス8/6社説  [米軍ヘリ墜落炎上] 危険放置 もはや限界だ
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[米軍ヘリ墜落炎上] 危険放置 もはや限界だ


 恐れていたことが現実になった。米軍機による連日の訓練で住民の暮らしが日常的に脅かされている沖縄のこの現実を、日本中の人々が直視してほしい。

 嘉手納基地所属の救難用ヘリHH60が5日午後、訓練中にキャンプ・ハンセン内の宜野座村側山中に墜落し、炎上した。

 樹木をなぎ倒し、機体が黒煙を上げて燃え続ける様子は、テレビ局の上空からの撮影でも確認された。

 防衛省、県警の間で乗員数の発表が食い違うなど情報がさくそう。基地内での事故の事実把握の難しさを露呈した。けが人が出たとの情報もある。

 昼夜の別なくオスプレイの訓練が実施されている宜野座村城原は、事故現場からそれほど遠くない。異なる機種とはいえ、墜落事故が発生したことで、住民の不安がいっそう高まるのは確実だ。

 今年5月には、嘉手納基地所属のF15戦闘機が国頭村安田の東南東約60キロの海上に墜落したばかり。嘉手納基地のF15は、2002年に本島の南約100キロの海上に墜落、06年にも国頭村安波の東約54キロの海上に墜落した。

 普天間飛行場所属のCH53ヘリが04年8月、沖縄国際大学構内に墜落し、炎上した事故は今も記憶に新しい。

 事故が発生すると、政府は「原因究明」と「再発防止」を真っ先に口にするが、これだけ米軍機が集中し、日々、激しい訓練を続けていれば、事故は必ず起きる。もはや通り一遍の再発防止策でお茶を濁す段階ではない。

    ■    ■

 米軍普天間飛行場には3日、オスプレイ2機が追加配備され、5日には、残る10機が山口県岩国基地から移動してくる予定だった。

 追加配備予定のまさにその日に、HH60の墜落事故が起きたのである。

 「沖縄県軍用地転用促進・基地問題協議会」はこの日、予定通り政府にオスプレイの配備中止を要請することを決めた。

 県民が最も懸念しているのは、住宅密集地のど真ん中にある普天間飛行場に、欠陥機の疑いのあるオスプレイを配備することによって、取り返しのつかない事態を招くことである。HH60の墜落事故で、その不安が現実味を帯びたというべきだろう。

 圧倒的多数の住民が反対しているにもかかわらず、政府は、オスプレイの「安全宣言」を発し、配備を強行した。今回の墜落事故を踏まえ、配備計画を早急に見直すべきである。

    ■    ■

 米軍機による事故発生の蓋然(がいぜん)性が全国のどの地域よりも高い沖縄の現実を放置することは、県民の生命・財産を危険にさらすようなものである。

 事故発生で政府が素早い反応を示したのは、オスプレイ配備への政治的影響を懸念したからだ。

 だが、これは倒錯した考え方である。政府が何よりも優先すべきなのは、住民の安全だ。

 本土自治体がいやだというのを沖縄に押しつけてはならない。
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【関連する日記アーカイブ】
2013.08.05 沖縄・宜野座村(基地内)で米軍ヘリ墜落炎上


8/7追記

 
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琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2013.08.07 宜野座村 村民に不安と恐怖と抗議
2013.08.07 県議会軍特委 米軍ヘリ墜落に抗議決議 
2013.08.07 知事、外務大臣に要請 原因究明・同型機の飛行停止を 


8/21追記

 
(沖縄タイムス8/21、記事原文はこちら









  


2013年08月05日

沖縄・宜野座村(基地内)で米軍ヘリ墜落炎上

 
(沖縄タイムス号外8/5、記事原文はこちら




(琉球新報号外8/5、記事原文はこちら



琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2013.08.05 キャンプハンセンで米軍ヘリ墜落か