2010年06月27日

高江、座り込み3年

辺野古のことで普段見過ごされがちな「高江ヘリパッド」(東村)
こちらの座り込みも3年が経過しました。

敗戦、そして占領時に、土地を奪い一方的に作られた沖縄の米軍基地。
奪ったものはいずれ返すのが筋です。
日本に施政権がなかったこの時期に作られた基地は、仕方ないとはけっして言いませんが、
復帰後に新たな基地をつくらせることに、沖縄はこれまで拒否し阻止してきました。

「ひとつぐらい増えても変わらないでしょ。もともとたくさんあるのだから」とか
「移設なら仕方ないでしょ」という本土側の無神経な声にもめげず、
どうして新たな基地を作らせていけないかというと、
基地づくりの共犯に初めてなってしまうことを意味するからです。

たしかにこれまで、基地従業員として基地内に民間人を送り込んだり、自衛隊が米軍と合同訓練をしてきたのも事実です。
しかしここで私たち日本国民の血税を使って、人殺し訓練をする軍事基地を新たにつくってあげる、そのための土地を提供してあげるというのは、米軍の基地づくりの片棒を担ぐという、新たな歴史の1ページを記すことになってしまいます。
それは絶対にしてはいけないことだからきょうまで辺野古で座り込み、高江で座り込んできたのです。

無理やり押し付けられた基地が、ある日から我々が望んだものとして認知されてしまうのです。
沖縄の人たちは、そのことにこだわらずにはおられないのです。


高江、座り込み3年 
(琉球新報6/27、記事全文はコチラ



高江、座り込み3年 
(琉球新報6/27、記事全文はコチラ



高江、座り込み3年 
(沖縄タイムス6/11、記事全文はコチラ



【関連する日記アーカイブ】
2010.2.21 高江ヘリパッド 工事再開か

2009.12.15 防衛省が住民を訴えた 前代未聞の裁定は

2009.12.12 司法を盾に弾圧意図 ~高江ヘリパッド仮処分申し立て~

2008.12.28 非暴力の座り込みを排除 高江に動きが



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