2011年03月24日

メア発言 第二幕⑤ メア氏発言が映すもの

ケビン・メア氏は更迭された。彼の差別発言をゴミ箱に落とす前に、そこから学べることはないかを見てみよう(ダグラス・ラミス

全国紙の紙面から「怒り」がまったく感じられない。メア発言に関する全国紙の記事を読みながら、そう思う。これが東京を「中央」とする日本と沖縄の落差なのか(野中章弘

「メア発言」を「彼の人柄」のせいにしたり、一外交官の「特異な資質」の問題として矮小化すべきでない。というのも、「メア発言」に表明された沖縄認識は、日本側の外交当局にも共有され、現在の米国・日本・沖縄の関係を象徴的に示唆し、日米当局の沖縄認識を率直に表明した一例とも言える(西里喜行


メア発言 第二幕⑤ メア氏発言が映すものメア発言 第二幕⑤ メア氏発言が映すもの 
(琉球新報3/14)



メア発言 第二幕⑤ メア氏発言が映すものメア発言 第二幕⑤ メア氏発言が映すもの 
(琉球新報3/17)



メア発言 第二幕⑤ メア氏発言が映すものメア発言 第二幕⑤ メア氏発言が映すもの 
(琉球新報3/22)







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Posted by ミチさん at 01:21│Comments(2)メア発言
この記事へのコメント
3月10〜23日の間に沖縄の2紙に載った、メア発言をめぐる角界有識者による様々な角度からのコラム合わせて17回分を「てぃだブログ」でまとめて見せていただき、二読三読しました。あきれた発言をしたメアの写真を本土紙で最初見て、なんて悪い面相の持ち主なんだろうと思っておりました。親からもらった大事な顔をこんなに歪めてしまうとは! すっかり有名になった「ゴーヤー云々」のくだりは、もしかしたら学生たちを笑わせようとしたメアのジョークのつもりだったかも知れませんが、アホラシ過ぎて笑えません。と同時にこのメアの人生そのものが冗談にも見え、ひいてはこんな人物に日米関係の重要なポストを与えていた「日米同盟」そのものもまた、大いなる冗談のように思えてきました。ほんとうに、この世の中は、人のためにつくし社会に役立つ人間と、人を食って(ごまかしを重ねて)他者の上にのっかって生きる人間とにわかれているのだと、あらためてそう思います。
 巨大地震後、さまざまな顔をテレビで見ます。被災地で苦境にめげず懸命に生きようとしている人々の顔、みんないい顔をしています。避難所で地震の前と後の生活の違いを冗談まじりに絵に描いて語ってくれた8歳くらいの男の子の無邪気な顔も忘れられません。原発事故のあと、チリひとつ着いてないような作業服姿でテレビカメラに向かって弁明を繰り返す政府や東京電力の人たちの後ろには、不眠不休で危険な作業をつづけて働いている人たちがいます。
 たくさんの、ほんとうにいい顔に支えられることによって、はじめて生きることができるのだと思いました。 
Posted by 宮川 彦弥 at 2011年03月25日 11:42
>宮川 彦弥さん
ていねいに読んでいただいてありがとうございます。

脱植民地主義
脱軍事基地
脱原発
どれもが地域の視点、生活者の視点でつながっています。
その視点こそが政治を志す者のイロハだと思うのですが。
Posted by ミチさん at 2011年03月26日 01:12
 
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