2012年05月19日

沖縄の戦後 もう一つの忘れ物




(沖縄タイムス5/19、記事原文はこちら




(沖縄タイムス5/19)
  

2012年05月18日

オスプレイ辺野古配備を97年に想定

米軍普天間飛行場に7月にも配備予定の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイについて、名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沖に建設予定だった代替施設への配備を1997年に米政府が想定していたことが17日、分かった。代替施設は日本側が設計するため、滑走路の長さなどが米国内の安全基準を満たさず、危険性が高まる可能性なども把握していたが、訓練内容の変更で対応可能と判断。こうした認識は日本政府にも伝えられたという。普天間飛行場の移設問題に関わった米政府の元高官が本紙の取材に明らかにした。



(沖縄タイムス5/18、記事原文はこちら



琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.05.18 オスプレイ配備反対市民大会 実行委員会結成


5/19追記

(琉球新報5/19)
  

Posted by ミチさん at 23:20Comments(0)TrackBack(0)オスプレイ

2012年05月17日

グアム移転費 米上院小委 全額認めず

 
(沖縄タイムス5/17、記事原文はこちら





(琉球新報5/17、記事原文はこちら




(琉球新報5/17)



5/18追記
琉球新報5/18社説  グアム移転費削除 基地返還の速やかな履行を
下

グアム移転費削除 基地返還の速やかな履行を

 米上院歳出委員会の軍事建設等小委員会が策定した2013会計年度の歳出法案の原案で、在沖縄海兵隊グアム移転費2600万ドル(約21億円)を全額削除した。米上院で2年連続でグアム移転費が全額削除されるのはほぼ確実な情勢だ。

 先に日米両政府が共同文書で発表した米軍再編見直しは早くも行き詰まった形だ。だからといって両政府が文書でうたった嘉手納以南の5施設・区域の返還の停滞を見過ごすわけにはいかない。グアム移転の成否にとらわれることなく、沖縄の基地負担軽減に全精力を傾けるべきだ。

 同小委員会がグアム移転費を全額削除したのは、共同声明で米軍のアジア太平洋地域の新配置案が明らかにされていなかったのが主な理由だ。共同文書は、懸案の普天間移設問題には触れず、グアム移転と切り離すことで上院の理解を得ようとの狙いがあったとみられる。辺野古以外の選択肢を示唆する内容もあった。しかし、最重要課題の普天間移設問題を棚上げにした文書は、まやかし以外の何物でもない。

 在沖海兵隊の兵員は、米軍が県に回答した数より、グアム移転計画で日米両政府が発表した数の方が数千人単位で多いことが明らかになっている。あり得ない話だが、ここにも計画のまやかしが透けて見える。

 日米間のグアム移転協定では、日本側の資金提供は「米政府の資金の拠出があること」との条件が明記されている。ところが、防衛省は、義務もないのに12年度に81億円を予算計上している。米に追従し、沖縄に犠牲を強いる姿勢は、そろそろ改めてはどうか。

 米上院の動きを県や関係市町村も注視している。返還予定の牧港補給地区を抱える浦添市の儀間光男市長は「グアム移転に関係なく早期の全面返還を要請したい」と訴え、北谷町の野国昌春町長も「(返還を)着実に進めていくべきだ」とくぎを刺した。日米両政府はこの訴えを重く受け止めるべきだ。

 米軍配置の在り方の報告書提出という米上院の求めを受け、先に米戦略国際問題研究所のマイケル・グリーン上級顧問らが県などから聞き取りをした。グリーン氏は、基地負担にあえぐ沖縄の現状を肌で感じたはずだ。実のある報告書がまとまり、米議会で県民への共感が広がることを強く期待したい。
(琉球新報5/18社説、記事原文はこちら



5/20追記
米下院は承認

 
(沖縄タイムス5/20、記事原文はこちら
  

Posted by ミチさん at 22:24Comments(0)TrackBack(0)ワシントン発

2012年05月17日

琉球朝日放送が伝えた40年目の5・15

琉球朝日放送のニュース映像(動画)が伝える40年目の復帰の日



きょう復帰40年 国・県主催復帰記念式典
http://www.qab.co.jp/news/2012051535490.html



復帰40年 “変わらぬ現状”に抗議集会
http://www.qab.co.jp/news/2012051635506.html


仲井真知事が野田総理へ 今後10年の新振興計画提出
http://www.qab.co.jp/news/2012051635504.html


普天間基地ゲート前 政府の基地問題対応に抗議
http://www.qab.co.jp/news/2012051535492.html


40年目の復帰の日 進む基盤整備 動かぬ基地
http://www.qab.co.jp/news/2012051535485.html


ルース駐日大使 知事と面談 知事「基地負担の軽減を」 
http://www.qab.co.jp/news/2012051535487.html


復帰教育講演会 「本島の平和な沖縄考えて」
http://www.qab.co.jp/news/2012051435483.html


ドキュメント5・15平和行進 復帰40年・変わらぬ現状に怒り
http://www.qab.co.jp/news/2012051435472.html


平和とくらしを守る県民大会 基地の過重負担訴える
http://www.qab.co.jp/news/2012051335459.html


5・15平和行進最終日
http://www.qab.co.jp/news/2012051335454.html
  

Posted by ミチさん at 17:02Comments(2)TrackBack(0)メディア

2012年05月17日

琉球新報が伝えた復帰40年


(琉球新報5/17)




(琉球新報5/16)



復帰の日、5月15日の金口木舌です
         
下
「復帰」を学ぶ

 日本復帰前の生まれだがドルで買い物をしたことがない。車が道の右側を走っていたこともかすかな記憶だ。幼いころの「ナナサンマル」も、その意味を理解したのはずっと後のこと

▼自身を含め、60年代後半から71年に生まれた人たちのほとんどがそうではないか。復帰前の「アメリカ世」も知らないが「復帰っ子」でもない。復帰を語る時に自分がどこに立っているのか、戸惑ったこともある

▼正直なところ、沖縄戦と比べて復帰について学ぶ機会は少なかったように思う。復帰後の生活が当たり前だった世代にとって、復帰を意識する場面は少なく、復帰は近いようで遠い存在だったのかもしれない

▼復帰を境に、生活のさまざまな場面で「本土化」が進んだ。本紙2011県民意識調査でも、しまくとぅばを聞けて話せる人は40代以下で激減するとの結果が出た。復帰して発展を遂げたものも多いが、沖縄らしさを失いつつある現実もある

▼県教育庁は復帰40年の今年から、県立高校で「復帰教育」に取り組むよう依頼した。「沖縄の歴史を学びたい」との生徒らの声に応えたもので良いアイデアだ

▼沖縄の過去・現在・未来を語る上で復帰は大きな転換点だ。明治の琉球処分までさかのぼって「復帰」の意味を検証すべきとの立場に立つ人々もいる。復帰とは何か。生徒だけでなく大人の学び直しも必要だろう。
(琉球新報5/15、記事原文はこちら


 
(琉球新報5/15、記事原文はこちら



琉球新報5/15社説 復帰40年/自立の気概持とう 国の空洞化、無策を憂う 
下

復帰40年 自立の気概持とう 

国の空洞化、無策を憂う

 米国統治下に置かれていた沖縄が1972年5月15日に日本に復帰してから、満40年を迎えた。

 県民が「復帰」に込めた「基地のない平和な沖縄」「日本国憲法の下への復帰」の理想は今なお、実現していない。

 沖縄に在日米軍専用施設の74%が集中し、基地から派生する事件・事故、爆音被害によって、県民の生命や基本的人権が危険にさらされ続けている。理不尽な状況を招いたのは沖縄ではない。問われるべきは、民主主義や憲法が機能しないこの国の空洞化、為政者の無策ぶりだろう。

「基地依存」は先入観
 米軍普天間飛行場の移設問題について、県民は知事選など各種選挙を通じて繰り返し名護市辺野古への移設を拒否してきたが、日米両国は民意を無視し続けている。

 この国の官僚は垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの本土への一時配備について、「検討する」としながら地元から反対の声が上がるや「理解が得られない」とあっさり引っ込めるありさまだ。

 野田佳彦首相に問いたい。民意無視と危険極まりないオスプレイの配備は、沖縄差別ではないのか。

 琉球新報の最新の世論調査によると、多くの県民が道路、港湾の着実な整備などを背景に「復帰」を肯定的に評価する一方で、沖縄振興の重点として「米軍基地の整理縮小と跡地利用」を求めている。

 県民総所得に占める基地収入の比率は、復帰時の15・5%が2009年度には5・2%まで低下した。本土側から「基地がないと沖縄経済は立ち行かないのではないか」といった声が絶えないが、これは先入観以外の何物でもない。基地返還前と返還後で経済効果が十数倍となった那覇新都心地区や、同じく170倍超の北谷町美浜・ハンビー地区の発展ぶりを見れば納得いくはずだ。沖縄は既に基地依存経済から脱している。

 今後の沖縄振興の指針となる仲井真県政の沖縄21世紀ビジョンも過密な米軍基地を「沖縄振興を進める上で大きな障害」とし、沖縄経済の阻害要因と位置付けた。

 沖縄の県民所得は全国平均の7割、完全失業率は2倍近くで高止まりしたままだ。「基地の整理縮小と跡地利用」と雇用創出を並行して進めなければ、沖縄の自立的発展はおぼつかない。

 幸い沖縄の要求をほぼ満たす形で改正沖縄振興特措法と跡地利用推進特措法が成立した。本県はこの「沖縄2法」と本年度にスタートする新しい振興計画に基づき今後10年間、自立的発展を目指す。


人材育成に注力を
 経済界や個々の企業には、沖縄の自立的発展の主役としての気概を期待したい。いずれ復帰特別措置にも終わりの時が来る。税制優遇措置なしで成長と雇用を維持できる経営基盤を築かねばならない。

 健康産業や観光業界で既に手掛けているように、成長するアジア市場を見据えた商品開発や販売促進活動の強化は各業界で急務だ。

 県の「沖縄21世紀ビジョン基本計画」案では、新振計の基軸の筆頭に「沖縄らしい優しい社会の構築」を定めた。一括交付金を活用し、子育て支援や福祉、環境などソフト事業を想定している。従来の沖縄振興策がハード偏重だけに、ソフト重視で均衡を図るのは当然だろう。県や市町村にとっては、自治力の腕の見せどころだ。

 沖縄が日本とアジアの懸け橋として羽ばたいていけるか否かは、人材の確保が鍵だ。沖縄の大学進学率は36・9%(2011年度)で全国平均の54・3%と開きがある。県内の生活保護世帯の中学3年生(2010年3月卒)の進学率が74・4%にとどまり、県内全体より約20ポイントも低い。

 沖縄の前途にとって危うい状況だ。家庭の経済格差が教育格差につながる悪循環は、断ち切らねばならない。県民所得が低い本県では、他府県以上に人材育成への支援に力を注いでしかるべきだ。関係機関は人材と雇用なくして沖縄に未来はない、と肝に銘じてほしい。
(琉球新報5/15社説、記事原文はこちら



(琉球新報5/16、記事原文はこちら



琉球新報5/16社説 復帰記念式典/差別と犠牲断ち切るとき 沖縄に民主主義の適用を
下

復帰記念式典

差別と犠牲断ち切るとき
 
沖縄に民主主義の適用を

 民主主義社会は世論を尊重することが基本です。なぜ、(日米)両政府とも沖縄県民の切実な声をもっと尊重しないのですか。

 復帰40周年記念式典で上原康助元沖縄開発庁長官はこう述べた。ほとんどの県民が共有する疑問だろう。なぜ政府は沖縄に民主主義を適用しないのだろうか。

 県民の願いは、ほんのささやかなことでしかない。米軍基地の移設を、拒否すれば強要されることがない他県の国民と同様に、沖縄にも強要しないでほしいということだ。沖縄の民意も、他県と同じ重みでくみ取ってほしい。


繰り返す二重基準
 差別の例証としてよく取り上げられるのが、国土の0・6%しかない沖縄に全国の74%の米軍専用基地が集中するという点だ。だが、より問題なのは政府の態度である。

 2005年の在日米軍再編協議で米側は、沖縄の海兵隊の九州、北海道など本土への移転を打診した。だが日本側は検討しようとすらせず、打診自体をひた隠しにした。

 防衛庁(当時)首脳はその理由を「本土はどこも反対決議の山」だからと説明した。実際には正式に可決した自治体議会はなかったにもかかわらず、だ。

 政権交代後もそうだ。普天間飛行場の徳之島移転案は正式打診もしていないのに、反対の空気をくんで断念した。だが沖縄は知事も地元市長も反対で、県議会が全会一致で反対決議をしたにもかかわらず、押し付けようとしている。

 同様の二重基準(ダブルスタンダード)は、米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの配備でも繰り返している。政府は当初、本土の米軍基地に一時駐機し先行運用することで安全性をアピールする予定だったが、地元の反発で断念した。

 しかし沖縄では猛反発をよそに、今夏にも配備を強行しようとしている。よりにもよって世界一危険とされる普天間飛行場に、だ。しかも県都那覇で組み立て、市街地上空で試験飛行するという。政府は都心の新宿や銀座の上空で同じことを許すだろうか。

 野田佳彦首相は復帰記念式典で「沖縄の基地負担の早期軽減を具体的に目に見える形で進める」と述べた。政府が今まさに進めようとしていることとの、あまりの乖離(かいり)に言葉を失う。

 閣僚は来県するたび「沖縄の民意に耳を傾ける」と口にする。今回の首相もそうだ。だが耳を傾けた結果、実行したためしはない。


低姿勢の「演出」
 沖縄の民意をくむ意思などないのに、低姿勢を演じる。そして「政府がこれほどお願いしているのに、受け入れない沖縄はわがままだ」という国民世論を喚起しようとしている。そう見るのはうがちすぎだろうか。

 美辞麗句はもういい。沖縄の意思をくむなら、首相はまず真っ先にオスプレイ配備を撤回させてもらいたい。その上で普天間・海兵隊の県外・国外移設に本気で取り組んでほしい。

 東日本大震災後、福島と沖縄の近似性が指摘されるようになった。危険は周縁部に負わせ、利益は中央が享受する構図がうり二つだ。国策を進めるため補助金を投じた結果、地域経済が国依存型になってしまう点も似ている。

 違うのは、沖縄では銃剣を突き付けられて土地を収奪された点だ。「誘致」などしていない。

 もっと大きく異なる点もある。原発事故後の福島に、政府が新たな原発を造るだろうか。県議会も知事も反対しているのに、原発を強要することなどできるだろうか。今、政府がしようとしているのはそういうことだ。

 差別を自覚した県民は、もはや分水嶺を越えている。もう犠牲を甘受するだけの存在には戻れない。政府はその重みを知るべきだ。次の世代に犠牲を強いることのないよう、今の世代で差別の連鎖を断ち切りたい。
(琉球新報5/16社説、記事原文はこちら


琉球新報(5/16)は、「復帰40年」を社説に取り上げた本土6紙の社説全文を掲載した

 
(毎日新聞5/15社説、記事原文はこちら


 
(東京新聞5/15社説、記事原文はこちら、中京圏のブロック紙・中日新聞も同一内容の社説を掲げた)


 
(中国新聞5/15社説、記事原文はこちら


 
(西日本新聞5/14社説、記事原文はこちら


 
(岩手日報5/15社説、記事原文はこちら


 
(読売新聞5/15社説、記事原文はこちら



 
(琉球新報5/16)


  

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2012年05月17日

沖縄タイムスが伝えた復帰40年

パソコンが、肝心な時にご臨終になってしまい、ブログの更新が滞ってしまいました。その間アクセスしていただいたみなさんにはたいへんご迷惑をおかけしてしました。この1週間、沖縄の地元紙には数多くの注目すべき論考がありました。じっくりと振り返ってみたいと思います。


復帰の日、5月15日の大弦小弦です
          下
復帰から40年。国権の最高機関とされる国会の前に立ち、この地で自らの命を絶った県出身の青年に思いをめぐらせた

 ▼青年は恩納村喜瀬武原生まれの上原安隆さん=享年26歳。復帰1年後の1973年5月、バイクで国会議事堂正門に正面衝突、亡くなった。米軍統治への怒りを爆発させた「コザ騒動」に加わり、起訴された一人だった

 ▼上原さんの死を追ったドキュメンタリー「激突死」を製作したジャーナリストの森口豁 さん(74)は「復帰と同時に本土では沖縄離れが始まった。米軍基地は変わらなかった。政府、日本への失望と怒りの訴えだったのではないか」という

 ▼いまだ基地が集中する実態は続く。日米政府は沖縄の反対を無視し、普天間飛行場の辺野古移設に固執している。14日未明からはPAC3展開訓練が強行され、節目の日を静かに迎えることさえできない

 ▼東京で沖縄問題が話題に上ると、「振興策をもらっているのだから辺野古移設を受け入れるべきだ」という批判を受けることがある。負担軽減を訴える反論にさえ、「文句があるなら独立すべきだ」とぶつけられたこともある

 ▼基地問題をめぐる本土側との溝は深い。県民の多くが差別を感じている。変わらない現実に、たった1人で抵抗した上原さん。その死を無駄にしてはいけない。(与那原良彦)
(沖縄タイムス5/15、記事原文はこちら
  




 
(沖縄タイムス5/15、記事原文はこちら



沖縄タイムス5/15社説 [復帰40年]普天間を解決する時だ
下

[復帰40年]普天間を解決する時だ


 1965年8月19日、佐藤栄作首相は現職の総理大臣として戦後初めて沖縄を訪れた。那覇空港での歓迎式典で、沖縄の祖国復帰が実現しない限り日本の戦後は終わらない、との歴史的メッセージを発した佐藤氏は、こうも語っている。

 「私たち国民は沖縄90万のみなさんのことを片時も忘れたことはありません」

 のちに行政主席、県知事となる屋良朝苗氏は日記に記している。「総理を迎えた時は正直言ってさすが涙が出た」

 復帰が実現したのはその日から7年後のことである。

 72年5月15日。40年前の復帰の日、東京と沖縄で二つの記念式典が開かれた。対照的だったのは、佐藤首相と屋良県知事の式典での表情である。

 政府にとって復帰を実現することは、何よりも戦争で失った領土を外交交渉で取り戻すことを意味した。

東京での式典で佐藤首相は、高揚感に満ちあふれた表情で万歳を三唱した。

 だが、那覇の式典に出席した屋良知事の表情は終始、硬かった。「復帰の内容をみますと、必ずしも私どもの切なる願望がいれられたとはいえないことも事実であります」

 あの日も、那覇市民会館と隣の与儀公園で、復帰記念式典と抗議集会が並行して開かれた。40年後のきょうも、同じ日に式典と抗議集会が開かれる。

 基地問題をめぐる過重負担の構図はこの40年間、ほとんど何も変わっていない。

 復帰から2009年3月末までに返還された米軍基地は、面積にして約19%にとどまる。この間、本土では約59%が返還されたのに、沖縄の負担軽減は遅々として進まない。

 沖縄タイムス社と朝日新聞社が4月に実施した県民意識調査によると、沖縄の基地が減らないのは本土による沖縄差別だと思うかとの問いに対し、「その通り」だと答えた人が50%に上った。

 「基地の現状は不公平だ」「本土の人たちは沖縄をあまり理解していない」―そう考える人たちが県内で急速に増えている。沖縄の人たちのまなざしが厳しくなっただけではない。本土の側の沖縄理解も、急速に変わりつつある印象を受ける。

 この40年を通して本土と沖縄の心理的な距離は、今が一番開いているのではないだろうか。基地問題をめぐって「心の27度線」が浮上しつつある。危険な兆候だ。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設を盛り込んだ06年の日米合意は、死文化した。辺野古移設計画を断念し、早急に日米交渉を始めるべきである。普天間の固定化は許されない。

 沖縄を軍事要塞(ようさい)化し日米で中国を封じ込めるという発想は、米中関係の奥深さや国境を越えた「ヒト・モノ・カネ」の移動、市民レベルの文化交流など、国際政治の潮流を無視した一面的な考えである。冷戦思考を引きずっていては、沖縄の未来を展望することはできない。

 沖縄の民意は変わった。基地依存・財政依存からの脱却を目指した「沖縄21世紀ビジョン」の将来像は、多くの県民に共有されており、これからの沖縄振興は、この自立の動きを後押しするものでなければならない。
(沖縄タイムス5/15社説、記事原文はこちら



 
(沖縄タイムス5/16、記事原文はこちら



沖縄タイムス5/16社説 [新振計決定]自立への態勢は整った
下

[新振計決定]自立への態勢は整った


 復帰40年を迎えた15日、県は沖縄振興の向こう10年間の道筋を描く「沖縄21世紀ビジョン基本計画」を決定した。初めて県が自前で策定した計画だ。仲井真弘多知事が、復帰記念式典出席のため来県した野田佳彦首相に手渡した。

 同計画は、「自立」「交流」「貢献」を基本的な指針に掲げ、使い道の自由度の高い沖縄振興特別推進交付金(一括交付金)を活用した事業の推進や、アジアと日本をつなぐ国際物流拠点の形成などを盛り込んだ。

 県は、同計画において、2021年度の県内総生産を10年度比約1・4倍の5兆1千億円とする目標を設定した。全国最低レベルの1人当たり県民所得も10年度の207万円から271万円(21年度)に増やすことを目指す。

 本土復帰後4次にわたる10年ごとの沖縄振興(開発)計画は、いずれも国の主導で決定されたものだ。対して今回初めて県が策定し、国は支援する仕組みへと転換した。

 本土復帰後、沖縄に投下された国の振興予算は約10兆円に上る。道路などの社会資本は一定整備されたものの、雇用を創出する有力な地域産業の育成は進んでいない。民間主導の自立型経済をどうつくるかは、最大の課題となっている。

 仲井真知事が「従来の国計画に基づく手法では限界にきており、沖縄が自ら歩んでいく新たな段階に入った」とインタビューでその意義を語ったように、沖縄の真の自立に向けた第一歩としたい。

 野田首相は、復帰記念式典の式辞で「アジア太平洋の玄関口として沖縄は新たな発展の可能性がある」と述べ、新振計の実現に尽力することを約束した。

 那覇空港第2滑走路について「2013年度予算編成で財源を検討し、整備を推進する」と明言した。鉄道整備のあり方についても「必要な調査・検討を進める」と示した。

 第2滑走路整備は、国際貨物ハブ事業を推進する上で、さらに離島住民の生活を支える拠点として、経済団体などが強く求めている。公共交通システムの整備も、主要幹線道の渋滞が激しく経済的損失も生じているため導入を求める声が高まっている。

 駐留軍用地跡地利用特別措置法も成立し、返還軍用地の給付金の給付期限を拡充するなど、基地の跡利用を後押しする態勢が整った。

 いずれも今後10年の沖縄にとって重大プロジェクトになることは間違いない。

 過去の振計では金融特区や自由貿易地域、特別自由貿易地域などの制度が鳴り物入りで創設されたものの、さまざまな制約が付き、期待した効果は表れていない。

 巨額の政府予算が投じられた北部振興策や再編交付金も沖縄の自立につながっているとはいえず、建設された箱物がかえって自治体の負担となっているケースもある。

 これまでの課題も踏まえ、県自らが策定した計画を真の自立にどうつなげ、県民の豊かな生活に結び付けるか。施策の具体化はこれからだ。「ポスト復帰40年」は、自ら切り開く気概にかかっている。
(沖縄タイムス5/16社説、記事原文はこちら



沖縄タイムス(5/16)は、「復帰40年」を社説に取り上げた本土5紙の社説全文を掲載した。

(読売新聞5/15社説、記事原文はこちら


 
(岩手日報5/15社説、記事原文はこちら


(南日本新聞5/15社説、記事原文はこちら


(中国新聞5/15社説、記事原文はこちら


 
(朝日新聞社説、記事原文はコチラコチラ




(沖縄タイムス5/16)
  

Posted by ミチさん at 02:17Comments(0)TrackBack(0)本土復帰40年

2012年05月12日

5・15平和行進 3カ所からスタート


(沖縄タイムス5/12、記事原文はこちら




(琉球新報5/12、記事原文はこちら



 
(沖縄タイムス5/12)



 
(琉球新報5/12)



琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.05.11 オスプレイ那覇市内で試験飛行?
2012.05.11 5・15平和行進 3カ所からスタート
2012.05.11 基地のない平和な島を 5・15平和行進スタート


5/13追記
琉球新報5/13社説 軍港へオスプレイ 普天間配備を即刻撤回せよ
下

軍港へオスプレイ 普天間配備を即刻撤回せよ

 あまりにも理不尽で憤まんやるかたない。沖縄を一体何だと思っているのか。

 米政府が垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを米軍普天間飛行場に配備する計画をめぐり、7月にも分解した機体を海路で那覇軍港に搬入し、組み立てた上で試験飛行する意向を日本政府に伝えた。

 オスプレイは開発段階で重大な墜落事故を繰り返し、「未亡人製造機」と呼ばれるなど、かねて危険性が指摘されてきた。先月もモロッコで米兵4人が死傷する墜落事故を起こしたばかりで、“欠陥機”の疑念は強まる一方だ。

 本紙が実施した最新の世論調査では、普天間飛行場へのオスプレイ配備計画に対し、県民の9割が反対している。そうした中、県都那覇市の市街地にあり、那覇空港に隣接する那覇軍港を利用するとの打診は正気の沙汰とは思えない。

 米側は最初に配備する12機を分解した状態で那覇軍港に搬入し、約1カ月かけて同軍港で機体を組み立てる計画という。不具合が起きやすい組み立て直後のオスプレイを人口密集地の那覇市上空を含めて試験飛行するというからあぜんとする。翁長雄志那覇市長が「今までのどの案よりも異常。事実なら県民、市民を愚弄(ぐろう)するものにほかならず、強い怒りを禁じ得ない」と猛反発するのは当然だ。

 基地問題では慎重な物言いの仲井真弘多知事も「反対だ。非常に無理がある。日比谷公園とか新宿御苑みたいなところに持ってこられるのか」と強い不快感を示した。沖縄と本土で二重基準を平気で使い分ける日本政府の欺瞞(ぎまん)性を見透かした発言と言える。

 日米両政府はオスプレイ配備に関して当初、キャンプ富士(静岡県)や岩国基地(山口県)など本土の米軍基地に一時駐機し先行運用することで、沖縄側に安全性をアピールする狙いだった。だが、地元の反発を理由に日米両政府は本土先行駐機を断念した経緯があるからだ。

 オスプレイが安全とする科学的な根拠を何ら示さないまま、沖縄には県民の意向を一切無視して配備を強行しようとする。日米両国が掲げる民主主義や人権尊重が、それこそ聞いてあきれる。

 このままでは米軍基地の安定的運用が困難になり、日米安全保障体制が大きく揺らぐのは目に見えている。普天間飛行場への配備計画そのものを即刻、撤回すべきだ。
(琉球新報5/13社説、記事原文はこちら
  

Posted by ミチさん at 19:19Comments(0)TrackBack(0)オスプレイ

2012年05月09日

基地で意識差 全国と沖縄 (新報・毎日合同世論調査)

琉球新報社は15日の沖縄の本土復帰40年を前に、毎日新聞社と合同で5、6の両日、電話世論調査を実施し、全国と県内で復帰の評価や基地問題への意識を探った。米軍普天間飛行場の移設問題について、県内は9割が、全国でも6割超が県外か国外移設、または無条件撤去を求めた。一方で沖縄に全国の米軍基地の74%が集中する状況に県内の7割が「不平等」と答えたが、全国は3割超にとどまった。







(琉球新報5/9、記事原文はこちら




(琉球新報5/9、オマケ 立派なスイカは今帰仁産)



 
(琉球新報5/9)



5/10追記

 
(琉球新報5/10)



琉球新報5/10社説 復帰世論調査/不平等の根 断つ時だ 新基地拒む民意の反映を
下

復帰世論調査
不平等の根 断つ時だ
 
新基地拒む民意の反映を

15日の本土復帰40年を前に、琉球新報社と毎日新聞社が合同で実施した世論調査は、米軍普天間飛行場の辺野古移設など、これ以上の基地重圧をきっぱり拒む沖縄の強い民意と、本土との認識の差を浮かび上がらせた。

 私たちはこの現実を直視しつつ、沖縄の基地問題を全国の課題として共有し、解決へ導く国民世論を粘り強く喚起したい。日米両政府には、沖縄の民意を反映した基地施策への転換を強く求めたい。

受け入れ難色の本土
 在日米軍基地の74%が沖縄に集中していることをめぐり、県民の69%が「不平等だ」と答えたのに対し、全国調査では33%と半数以下にとどまった。

 住んでいる地域に在沖米軍基地が移されることへの賛否を全国で問う設問で、賛成は24%だが、反対は67%に上った。

 米軍基地集中を「不平等」と回答した人のうちでも、自らの地域への基地移設反対は69%に上る。

 沖縄の過重負担を一定程度理解しても、基地受け入れには難色を示すのが本土の民意の現実だ。

 移設候補地に挙がった本土の自治体はすぐに反対を表明し、政府も断念する。だが、知事、議会、市町村長のすべてが県内移設に反対し、民主主義的な手だてを尽くす沖縄に対しては、日米両政府が県内移設をのませようとする。

 復帰から40年を経ても、結果的に本土は沖縄に基地を押し付け、自らの安全の踏み台にしている。今回の調査結果は県民の疑念と不満を映し出している。

 2010年4月に開かれた県外・国外移設を求める県民大会で、仲井真弘多知事は、基地集中に「明らかに不公平、差別に近い印象をもつ」と批判した。

 だが、翌5月末、普天間飛行場の「県外移設」を公約に掲げていた鳩山由紀夫首相はあっけなく名護市辺野古への移設に回帰した。

 そのころ、県内のラジオ番組でパーソナリティーが普天間移設問題をめぐり、こんなたとえ話をして共感を呼んだ。
 「沖縄の人が右手に重い荷物を持っていた。一緒に歩く本土の人に『ちょっと持ってくれない』とお願いした。本土の人は答えた。『何で、左手で持てばいいさ』。一緒に持ってはくれなかった」

 複雑な思いを抱きながら、うなずいた人が多かっただろう。

 「不平等」と「差別」は沖縄の基地問題を象徴する言葉として、知事をはじめ多くの県民が口にするようになった。

県民の決意揺るがず
 今回の調査で、普天間飛行場の辺野古移設をめぐり、「撤去すべきだ」「県外移設」「国外移設」が計89%を占めた。鳩山政権の辺野古回帰の際の84%を超え、同種調査で過去最高の数値だ。「県内移設ノー」は一層鮮明になった。

 さらに、普天間飛行場への危険な垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの配備計画に対し、9割の県民が反対し、全県的な反発の広がりが明らかになった。

 本土復帰への評価は全国、県民ともに8割が「良かった」と高い。それが、基地の過重負担の是認を意味しないことはもはや、分かり切ったことだ。

 県民は、経済振興策のアメによって基地受け入れを迫る手法を見限り、外交・安全保障で公正かつ平等な取り扱いを求めている。「基地のない平和な沖縄」への県民の決意は揺るがない。

 沖縄の基地負担への共感を国民全体にどう広げるかは、古くて新しい課題である。全国調査で、県内移設を否定する回答が63%に上ったことに望みを託したい。

 日米の政府と国民に訴える「自治体外交」的アピールと、沖縄に寄り添う人々を介した草の根の訴えはわずかずつだが、沖縄への関心を高めている。希望を見失うまい。沖縄は未来を開く岐路に立つ。強固な民意で「日米同盟」の不条理を突き崩したい。
(琉球新報5/10社説、記事原文はこちら



5/11追記
 
(琉球新報5/11)



琉球新報5/11<金口木舌>問われているのは日本人の心
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問われているのは日本人の心

 復帰40年を前にした仲井真弘多知事へのインタビューで、在京紙の記者が「西銘順治元知事の『ヤマトンチュ(大和人)になりたくてなり切れない』という言葉は今でもウチナーンチュ(沖縄人)の心か」―と質問した

▼復帰の日の前後、沖縄県知事は「沖縄の心とは」と質問される。大田昌秀元知事は「平和を愛する共生の心」、稲嶺恵一前知事は「異質な物を溶け込ませる寛容さ」と表現した。前出の問いに仲井真弘多知事は「だいぶ変わっていると思う。特に若い世代は」と答えた

▼続けて「かつては『英語しゃべるんですか』から始まって言葉や風習の違いを強調され、からかわれた。でも今は違うことが価値があると日本人の許容度が広がった。その点で(「ヤマトンチュになりたい」は)だいぶ薄れた」と分析した

▼本紙の世論調査で、沖縄に米軍基地が集中する現状を県民の69%が「不平等だ」と答えた。基地という重い荷物を持たされ続けていることへの県民の不満は強い

▼しかし日本政府は沖縄の痛みを共有しない。地方へ負担を押しつけた上、押しつけていることさえ無視する構図は東京電力福島第1原発事故で明らかになったが、辺境の沖縄ではさらに鮮明になる

▼沖縄の心を問う前に、問われているのは日本人の心ではないか。15日に来県する野田佳彦首相に、沖縄に対する「日本人の心は」と聞いてみたい。
(琉球新報5/11、記事原文はこちら




  

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2012年05月09日

差別認識 落差なぜ (タイムス・朝日合同世論調査)

 沖縄が本土に復帰して15日で満40年となるのを前に、沖縄タイムス社と朝日新聞社は共同で世論調査を行った。沖縄の米軍基地が減らないのは「本土による沖縄への差別だと思う」と答えた人が、沖縄では50%に上り、全国は29%だった。沖縄で、本土の人たちが沖縄のことを理解しているかを聞くと、「そうは思わない」が63%だった。基地負担軽減を求める沖縄の声に、本土側が十分に耳を傾けていないと考える県民の意識が鮮明に示された結果となった。


  

 


 
(沖縄タイムス5/9、記事原文はこちら



 
(沖縄タイムス5/9、記事原文はこちら



 
(沖縄タイムス5/9)



5/10追記
沖縄タイムス5/10社説 [県民意識調査]「27度線」が浮上した…
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[県民意識調査]「27度線」が浮上した…

 沖縄と本土では、何かと違いがある。歴史と文化が異なるのだから両者を比べて「違う」と感じるのは当然のことだが、復帰によって急速に本土化が進んだ今でも、この意識だけは依然として根強い。

 沖縄タイムスと琉球放送が昨年12月に実施した県民意識調査によると、本土の人と沖縄の人の間に違う面を「感じる」と答えた人は72%で、「感じない」の18%を大きく上回った。

 言葉や話し方、時間の感覚、冠婚葬祭などを通して違いを感じるのは、ごく自然な感情と言っていい。

 だが、基地問題をめぐる本土と沖縄の認識のギャップは、政治が生んだ「ゆがみ」であり、決して「自然な感情」とは言えない。

 沖縄タイムス社と朝日新聞社が4月に実施した共同世論調査によると、本土の人たちが沖縄のことを理解していると思いますかとの問いに、63%が「そうは思わない」と答えた。

 沖縄の基地が減らないのは本土による沖縄への差別だという意見があるがどう思うかとの質問に対しては、「その通り」が50%で、「そうは思わない」の41%を上回った。

 出口の見えない米軍普天間飛行場の移設問題。沖縄の民意が辺野古反対で足並みをそろえているにもかかわらず、政府は、辺野古移設を「唯一有効な解決策」だと主張し続ける。

 こうした政府への不信感が、基地を受け入れない本土全体に対する失望という形で広がりつつあることが、今回の調査結果から見て取れる。

 「差別」という言葉が、基地問題を語るキーワードとして普通に使われるようになったのは、民主党政権誕生以降のことだ。

 一部の研究者は以前から、基地問題の構造的性格に着目して「構造的差別」という表現を使い、いわゆる「差別」問題一般とは区別していた。

 ここにきて、なぜ、「差別」という言葉が前景化したのだろうか。

 米軍再編の見直し協議で日本政府は、沖縄駐留海兵隊の一部を本土に移転したい、との米側提案を拒否した。

 一事が万事である。

 基地問題が本土に拡散しないよう米軍基地をできるだけ沖縄に押し込める、という政府の姿勢に対し、保革を問わず「不公平さ」を感じるようになった。

 それをただすことができない政治の現実を、深い失望感を込めて「差別」という言葉で告発しているのである。

 本土と沖縄の間に、意識の上の「27度線」が今なお引かれているとしたら、両方にとって不幸なことだ。だが、それが現実である。

 普天間問題をめぐって、日・米・沖の三者に、徒労感と焦燥感が広がっている。

 もっと単刀直入に言えば、停滞状態があまりにも長く続いたため、関係者の間に、どうにもならない無力感が広がっているのだ。

 この状態を放置すれば、本土と沖縄の間の溝は一層深まる可能性がある。そうならないように、普天間問題を一から仕切り直しすべきだ。
(沖縄タイムス5/10、記事原文はこちら


5/11追記
沖縄タイムス5/10大弦小弦
   
  下
 米軍基地周辺の飲食店で、3合瓶を手にラッパ飲みをする20歳そこそこの米兵に話し掛けられたとき、ベトナム戦争の映画が浮かんだ

 ▼同時に、基地のとらえ方をめぐって「コザと那覇の間に微妙なズレがある」と言われる原因を初めて肌感覚で知った気がした。日米が普天間飛行場移設を合意した後、より基地と生活が密着している沖縄市に移り住んだときのことだ

 ▼当時は、県内の中だけでなく「本土との温度差」が頻繁に語られた。それが、普天間移設が手詰まり状態になった2年ほど前から「差別」という言葉が使われだす

 ▼今回の世論調査で、基地が減らない理由を県民の5割は差別だと思っているが、全国では6割近くがそう思っていなかった。さらに県民の6割余が本土の人たちは沖縄のことを理解していないと考えている

 ▼この抜き差しならない意識差が県内でも生じないか気になっている。自衛隊の先島配備について、宮古・八重山では反対が半数を超えたのに、全県は賛成が反対を4ポイント上回って44%。全県で賛否は拮抗(きっこう)するが、先島では反対が18ポイントも上回った

 ▼この差は、広がる温度差なのか、縮まる微妙なズレなのか。10年後、20年後に「沖縄(本島)の人たちは、われわれのことを理解していない」と怒りを買う岐路に、立っているのかもしれない。(与那嶺一枝) 
(沖縄タイムス5/10、記事原文はこちら


5/12追記
沖縄タイムス5/12大弦小弦
 
  下
 「何を言ってるんだ沖縄が…」。県出身の俳優、津嘉山正種さん(68)が若いころ、議論が熱を帯びた時に劇団の先輩が口にした言葉に驚いた

▼「どういう意味ですか」とすごむ津嘉山さんに、本土出身の先輩はすぐに我に返り「失言だった」と謝った。酒座での出来事だったとはいえ、いつもは理知的な先輩の言葉には「沖縄蔑視」が色濃く漂っていた

▼4年前、津嘉山さんにインタビューした時にうかがった話である。普段は理性で抑えているが、心の奥深いところに隠れている差別性を帯びた「素顔」を垣間見てショックだったと振り返っていた

▼本土復帰40周年を前に、本紙と朝日新聞社が共同で実施した世論調査の結果を見て、津嘉山さんの話を思い出した。米軍基地が減らない理由を、県民の5割が本土の差別と思うと回答している

▼正直、自らが差別されているとは思いたくないし、認めたくもない。でも、抑止力という理由が根拠に乏しい以上、「差別」という言葉以外に、基地が集中する沖縄の現実を合理的に説明するのは難しい

▼東日本大震災の時には、思いやりにあふれ、世界中から称賛された心優しい日本人が、沖縄の基地問題では「別人」になってしまうのはなぜだろう。冒頭の言葉と醜い「素顔」がふと浮かび、やりきれない思いが募る。(稲嶺幸弘)
(沖縄タイムス5/12、記事原文はこちら


5/13追記
沖縄タイムス5/13社説 [日米軍事拠点化]雲散霧消する負担軽減
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[日米軍事拠点化]雲散霧消する負担軽減

 復帰40年の県民意識の変化として見逃せないのは、自衛隊に対する肯定的な受け止めが広がったことだろう。

 沖縄では本土復帰とともに自衛隊が移駐した。復帰当時を知る那覇防衛施設局(現沖縄防衛局)の元職員は「沖縄では軍人は住民を守らないというイメージが強く、施設局職員は『隠れ自衛隊員』と嫌悪された」と振り返る。沖縄戦での旧軍のイメージをひきずる自衛隊に対し、県民の視線は冷ややかだった。

 こうした中、自衛隊は不発弾処理や離島の急患搬送など「民生支援」に力を注ぎ、県民への浸透を図ってきた。東日本大震災における自衛隊の救援活動は、県内でも高い評価を得ている。

 ただ、日米の安保政策の流れを勘案したとき、劇的変容を遂げつつある自衛隊の軍事的側面を無視するわけにはいかない。自衛隊、米軍ともに民生支援と軍事戦略は密接にリンクしている。その両面を問わなければ本質を見失う。

 日米は今、軍事一体化を進めつつ、自衛隊の「南西シフト」を固めようとしている。先月発表された日米共同文書は「2国間の動的防衛協力の促進」に向け、日米の共同訓練場をグアム以外に米自治領の北マリアナ諸島に整備する方針を打ち出した。国外に演習場を確保し、米軍と日常的に共同訓練するというのである。集団的自衛権の行使に関する国内議論も置き去りにしたまま、なし崩し的に自衛隊と米軍の一体化が進んでいるのが現状だ。しかもその最前線は、沖縄を含むアジア太平洋地域である。

 防衛省は与那国島への陸自配備を足掛かりに、先島進出に向けた動きを強めている。先日は北朝鮮の「衛星」発射に備え、石垣市などに地対空誘導弾パトリオット(PAC3)部隊などを大々的に展開した。尖閣問題など対中国もにらんだ前線拠点として沖縄での自衛隊の活動が存在感を増しつつある。

 4月実施の県民世論調査で、先島への自衛隊配備は賛成が44%で反対を4ポイント上回った。一方、地域別では先島地方は反対が過半を占める。

 本島住民には、先島配備への負担感が小さいのかもしれない。が、自衛隊の認知度向上は、本島の米軍基地運用にも影響を与えかねない。在日米軍専用施設の74%を占める現状は自衛隊移管や共同使用という形式的措置で大幅縮減が可能だ。沖縄の基地負担を象徴する数値だけ塗り替え、軍事要塞(ようさい)としての役割が固定化されることも懸念される。

 「軍隊の肯定」の代償は何か。それを最も肌で知るのは沖縄県民だろう。忘れてはならないのは沖縄戦の教訓だ。大規模な軍隊が駐留したために凄惨(せいさん)な地上戦に巻き込まれ、極限時は「住民を犠牲にする軍隊」を目の当たりにした痛苦な歴史的体験である。

 日本本土を守る安全保障上の「防波堤」として沖縄が存在しているのではない。「国境の領土」ととらえる国と、住民の利害は常に一致するとは限らない。自治や民意をフルに発揮し、再び戦場となる可能性を極力排除する姿勢を貫けるかが試されている。
(沖縄タイムス5/13社説、記事原文はこちら
  

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2012年05月08日

5・15平和行進スタート 「基地のない平和な島」与那国島から


(沖縄タイムス5/8、記事原文はこちら



琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.05.07 5・15平和行進スタート「基地のない平和な島」与那国島から


 
(沖縄タイムス5/8)



琉球新報5/8社説 平和行進開始 本土復帰の内実見つめよう
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平和行進開始 本土復帰の内実見つめよう


 沖縄が本土に復帰した5月15日の記念日を前に、沖縄の基地重圧と平和を目指す行動の大切さを見つめ直す「5・15平和行進」が6日、与那国島で始まった。

 1972年に復帰が実現する前、県民は「基地のない平和な沖縄」を切望した。平和行進には、その悲願を実らせる意思を再確認し、日米政府による沖縄への基地押し付けや、復帰の内実を問う意義が宿っている。

 復帰40年を迎える今年は、南西諸島の防衛力強化と称した、陸上自衛隊配備計画が進む与那国島が初めてコースに入った。

 100人超の参加者が島内を巡り、陸自配備予定地などで「沖縄に基地はいらない」と気勢を上げた。
 「復帰して40年、私たちが住むことで島を守り、隣国と仲良くしてきた。突然、自衛隊を置けば紛争の火種になる」

 行進に参加した与那国町在住の女性の言葉を重く受け止めたい。

 尖閣諸島の領有権問題を背景に、政府は海軍力を強める中国に対抗心をあらわにしている。だが、外交努力によって緊張の根を和らげる戦略は希薄で、南西諸島の自衛隊強化をめぐる国会論戦も乏しい。

 こうした状況で、自衛隊配備が既成事実化されることがあってはならない。沖縄社会にとっても、自衛隊との向き合い方が問われる。

 軍事に頼らない平和構築の営みをあくまで追求する意思を行進の中で再確認し、強めてほしい。

 東西と南の3コースを歩く沖縄本島での行進は11日に始まる。

 昨年は東日本大震災から日が浅く、本土への組織的な参加呼び掛けを取りやめたが、今年の申し込みは既に1300人を超えた。

 県外参加者は、国土の0・6%の県土に居座る米軍基地の実態を目と耳に焼き付け、相互理解を深める意義をかみしめてもらいたい。

 13日には、普天間飛行場を抱える宜野湾市で県民大会が開かれる。

 米海兵隊は地元の反対を無視し、事故が相次いだ垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを7月にも普天間に配備する計画を立てている。6月に市民大会を開く宜野湾市は、配備を拒む姿勢を強固にしている。

 配備阻止は、今年の基地問題の最大の課題の一つだ。平和行進と県民大会を、軍事最優先の米軍基地運用に歯止めを掛ける契機としたい。とりわけ、県民の命と人権への脅威となるオスプレイ配備は何としても撤回させる必要がある。
(琉球新報5/8社説、記事原文はこちら



与那国ネタをもうひとつ


(沖縄タイムス4/29)
  

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2012年05月08日

国内の全原発停止 42年ぶり

 
(琉球新報5/6、記事原文はこちら



琉球新報5/6社説 全原発停止 再稼働なき安定供給追求を
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全原発停止 再稼働なき安定供給追求を

 日本の商業用原発50基のうち、唯一稼働していた北海道電力泊原発3号機(北海道泊村)が5日深夜、定期検査のために停止した。稼働原発がゼロになるのは1970年以来、42年ぶりとなる。

 東京電力福島第1原発事故から約1年2カ月。原発の安全神話は完全に崩壊したが、政府のエネルギー政策は原発依存体質から抜け出せないでいる。結果として国民の不安は一向に解消されず、政府や電力会社への信頼は失われたままだ。稼働原発ゼロの事態は当然の帰結と言える。

 政府は全原発停止を回避するため、関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を目指していたが、安全対策への疑念などから、滋賀県や京都府など隣接する周辺自治体が反発。関電の筆頭株主である大阪市の橋下徹市長も政府批判を強めている。

 野田佳彦首相と枝野幸男経済産業相ら関係3閣僚が、原発の再稼働に関する新たな安全基準を決定したのが4月6日。首相が新基準作成を指示してからわずか3日後だった。さらに首相らは同13日、新基準に照らして大飯原発の再稼働を「妥当」と判断した。

 独立性が高く、安全対策を専門的かつ客観的に担う原子力規制庁の発足のめどは依然立たず、再稼働に同意が必要な地元の線引きも棚上げされたままだ。「再稼働ありきの拙速なやり方」との批判が出るのはもっともなことだ。

 一方、原発ゼロが想定されていたにもかかわらず、電力の安定供給に向けた取り組みは後手後手に回っている。沖縄電力を除く電力9社の需給予測は、このまま原発が再稼働せずに猛暑となった場合、北海道、関西、九州の3電力管内で電力不足に陥るとした。

 関電に至っては、「大飯原発を再稼働しても安定供給は困難」(岩根茂樹副社長)との見通しだ。具体的な積算根拠も示さず、いたずらに電力不足を言い立てるのは極めて不誠実だ。再稼働を急ぐ余り、消費者に脅迫観念を植え付けるような電力会社や政府の態度は言語道断だ。

 原発ゼロに伴う発電コストの上昇など、止めるリスクは確かに小さくないが、節電を促す具体的な方策をはじめ、電力各社の供給力にはまだ改善の余地があるとの指摘もある。政府と電力会社は再稼働ありきではない電力の安定供給を真剣に追求することで、何よりも国民の信頼回復を急ぐべきだ。
(琉球新報5/6社説、記事原文はこちら


沖縄タイムス5/8社説 [全原発停止]ふらつくな対策たてよ
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[全原発停止]ふらつくな対策たてよ


 国内で唯一、稼働していた北海道電力泊原発3号機(北海道泊村)が5日深夜、定期検査のため停止した。これで国内にある50基の原発がすべて止まったことになる。

 「3・11」前、誰がこのような事態を予測できただろうか。

 東京電力福島第1原発事故が発生するまで、日本では、原発の数を今以上に増やしていくことが国策だった。

 2010年に策定された国のエネルギー基本計画は、当時稼働中の54基に加え、20年までに新たに9基を新増設する方針を掲げていた。

 それだけではない。30年までにさらに原発を増やし、日本全体の発電電力量に占める原子力の構成比を07年時点の26%から30年時点で53%まで引き上げる―ことを打ち出していた。

 今から考えればぞっとするような話だが、政府は事故の前まで、電力の過半を原発で賄うという「原発超大国」の将来像を描いていたのだ。

 国内の54基の原発のうち事故を起こした福島第1原発の4基は、4月に廃止された。残る50基がすべて停止したことで、政府、経済界を中心に電力不足を危惧する声が高まっている。関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の早急な再稼働を求める声も少なくない。

 しかし、現段階で「原発回帰」に舵(かじ)を切ることになれば、事故の教訓は生かされず、元のもくあみになりかねない。

 原発ゼロの事態を「脱原発依存社会」を実現するための第一歩と位置づけ、当面の対策を早急に具体化すべきだ。

 経済産業省や電力会社が相次いで夏場の電力需給見通しを明らかにしているが、各種の数字は果たして信用できるのだろうか。再稼働という結論を導くための作為が働いているのではないか、との疑いが消えない。

 事故の調査結果にせよ、新たな規制組織の設置にせよ、原発再稼働に必要だとされる条件は、依然として満たされていない。安全確認が不十分なまま夏場の電力不足への懸念を理由に強引に再稼働すれば、事故で沸騰した政府や電力会社に対する不信感をいっそう高めるだけである。

 政府は原発ゼロの状態を前提にした「最適化」の具体策を早く公表すべきだ。

 個人、企業・団体の節電を推し進める。特にピーク時の電力消費量を減らすための具体策を打ち出す。あわせて電力会社間の電力の融通態勢を構築する。決して不可能な対策ではないはずだ。

 戦争に敗れ旧植民地を失った戦後日本は、資源小国の生きる道を「貿易立国」「科学技術立国」に求めた。

 戦後日本の高度成長と産業構造は原発を前提にしたものだった。従来の産業構造を前提にした成長重視の経済政策を進めようとすれば、原発大国から抜け出すのは難しい。

 エネルギーの将来像は日本社会の将来像に直結する。福島第1原発事故で問われているのは、将来の社会像をどのように描くかという射程の長い課題である。転換が必要なこの時に政府がふらついていては、未来は開けない。
(沖縄タイムス5/8社説、記事原文はこちら
 

  

Posted by ミチさん at 10:47Comments(0)TrackBack(0)環境・自然

2012年05月04日

在沖海兵隊 実数と定数かい離

在沖米軍が、在沖海兵隊の実数を1万5365人(2011年6月末時点)と県に2日までに回答した。日米両政府は在沖海兵隊の定数について06年5月の米軍再編最終報告と、先月27日の再編見直しの共同文書でそれぞれ1万8千人、1万9千人としているが、在日米軍再編協議が行われていた05年以降、実数は1万2、3千人台で推移し、最多でも1万5千人台前半にとどまる。海兵隊の実数と定数が大きく懸け離れていることが鮮明になった。
 両政府は定数1万人を沖縄に置き、それ以外を国外へ移転するとしているが、県民に負担軽減を印象付けるために、定数を多くし、移転する人数も水増ししている可能性もある。







(琉球新報5/3、記事原文はコチラ



 
(琉球新報5/4、記事原文はコチラ



 
(沖縄タイムス5/4、記事原文はコチラコチラ



琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.05.03 米国防総省 高官「グアム移転は2~3年内に」


【関連する日記アーカイブ】
2012.03.30 米海兵隊グアム移転 米に追随 日本の負担増え 海兵隊減らず
2012.03.19 沖縄にいる海兵隊員って いったい本当は何人いるの?


5/5追記

 
(琉球新報5/5、記事原文はコチラ



琉球新報5/5社説 在沖海兵隊の兵力 数合わせなら納得できない
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在沖海兵隊の兵力 数合わせなら納得できない

 一体何を信じればいいのだろうか。沖縄に駐留している海兵隊員の数のことだ。このほど県の照会に米軍が回答した在沖海兵隊の軍人数は2011年6月末時点で1万5365人だ。しかし日米両政府は06年5月の米軍再編最終報告の時点で1万8千人とし、先月27日の再編見直しの共同文書を発表した時点では1万9千人としていた。

 両政府が出している数字には一つのもくろみがあるようだ。6年前の最終報告では海兵隊の移転数は8千人、先月の共同文書では9千人としており、ともに沖縄に1万人が残留する形で一致する。「外務省は1万人という数字にこだわった」と防衛省幹部が明かしているように「抑止力」を示すために沖縄に駐留する兵員が1万人に保てるよう数合わせをしているようなのだ。

 県の照会に米軍が回答した兵員数は最終報告の05年は1万2520人、06年1万3480人、07年1万3200人、08年1万2402人、09年1万4958人、10年は非公表で、いずれも両政府発表より数千人規模で下回り続けている。

 内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が公表した08年12月に東京の駐日米大使館が国務長官らに宛てた公電は、最終報告の移転人数8千人について「日本での政治的価値を最大化するために意図的に極限まで増加された」と記している。駐留人数についても「実際に沖縄に駐留する海兵隊員とその家族の数が明らかに異なることは(日米)双方とも知っていた」ともある。

 米軍が県に回答した兵員数が正確であるならば、沖縄に1万人を残すとすればグアムなどへの移転は5千人程度にとどまり、沖縄の負担軽減は発表より少ないことになる。逆に共同文書通りに9千人を移転するならば、沖縄駐留は6千人規模まで縮小し、そもそも海兵隊が沖縄に駐留する必要性があるのかという疑問が生じる。普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設という大義名分も揺らぐだろう。

 今年3月には玄葉光一郎外相が2011年段階の定数が2万1千人だと米側から説明を受けたと国会で答弁し、その後ホームページの記述を削除するなど不可解なことも起きている。両政府は正確な人数を公表すべきだ。このままでは県民が納得できるはずもない。
(琉球新報5/5社説、記事原文はコチラ
  

Posted by ミチさん at 17:40Comments(0)TrackBack(0)ワシントン発

2012年05月03日

沖縄と憲法 その2

日本の憲法試験紙は沖縄だ

戦争で多くの犠牲と引き換えに手に入れた日本国憲法は「主権在米」でも「主権在官」でもない
守られるべき人権は「民権」であり「平和的生存権」そのものだ

沖縄県民の平和的生存権の実現なくして、日本に住むすべての人の幸福なんて実現しない



一番下のスクロールバーを左右に動かしてお読みください

 
(沖縄タイムス5/2)



 
(沖縄タイムス5/3)




(琉球新報5/3)



【関連する日記アーカイブ】
2012.05.03 沖縄と憲法 その1  

Posted by ミチさん at 20:59Comments(0)TrackBack(0)大丈夫か この国

2012年05月03日

沖縄と憲法 その1

40年前の祖国復帰の要求は
平和憲法を持つ祖国への復帰の要求であり
戦後27年間憲法を奪われていた、憲法適用の要求だった

しかし現実は
日米安保を絶対視して憲法を蹂躙する政府が過去も現在も存在し続けている

現在もなお憲法から一番遠くに置かれている沖縄だからこそ
沖縄における憲法の実現要求は
沖縄を含む全国の人々の幸せにつながるものと確信しています



沖縄タイムス5/3社説 [憲法記念日に]沖縄で主権在民を問う
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[憲法記念日に]沖縄で主権在民を問う

 憲法は権力に対する命令である―と、一度、口に出して言い切ってみよう。憲法に対する日ごろのモヤモヤが吹っ切れ、憲法が頼もしく思えてくるはずだ。

 強大な権力をもつ政府が国民の権利や自由を侵害しないよう、政府に対し、法的な義務や制約を課すこと。それが憲法の基本原理である。

 そのような基本原理の上に立って日本国憲法は「主権在民」「平和主義」「基本的人権の尊重」という三つの原則を掲げている。

 日本国憲法が施行されてから、きょうで65年。そのうちの25年間、施政権が返還されるまで、沖縄には憲法が適用されていなかった。

 憲法という強力な後ろ盾をもたない住民は、人権を守り自治を実現するため、統治者に素手で立ち向かい、はね返され、転んでは起き上がって、コブシを振り上げ続けた。その繰り返しが沖縄の戦後史を形づくったといっていい。

 復帰後の沖縄において憲法は、県民の期待に応える働きをしてきただろうか。

 復帰から5年後、憲法施行30周年に当たる1977年5月3日、平良幸市知事は、県民に向け苦渋に満ちたメッセージを発表した。

 「国民の生命と財産を守るためにあるはずの安保条約が逆に県民の生命、財産を脅かす要因になっている」

 沖縄では憲法の「主権在民」が全うされているとは言い難い。

 「主権在米」「主権在官」というしかないような倒錯した事態が、基地問題をめぐって、しばしば起きている。

 米軍への優遇措置を盛り込んだ地位協定が、憲法で保障された諸権利の実現を妨げているのだ。

 沖縄国際大学へのヘリ墜落事故で米軍は当初、地元警察や消防を排除し、現場を管理した。地位協定の内規がどうであれ、明らかな主権侵害である。

 沖縄で頻発する地位協定がらみの問題が、もし東京で発生したら、政府や政治家、マスメディア、都民はどう反応するだろうか。

 日米の高級官僚レベルの交渉で基地問題が決定され、民意が反映されないという意味では沖縄の現実は「主権在官」だ。

 沖縄防衛局は、工事車両の通行を妨害しているとの理由から、米軍のヘリパッド建設に抗議する住民個人を裁判所に訴えた。

 かと思うと、沖縄防衛局が、基地所在市町村の首長選挙に露骨に介入していた事実も明らかになった。

 「9・11」(米国同時多発テロ)、「9・15」(リーマンショック)、「3・11」(東日本大震災と原発事故)。21世紀に刻まれたこの三つの日付は、世界と日本を根底から変えた。国の統治のあり方や資本主義の未来、エネルギーと環境と生命の相関関係について、一から考え直さなければならなくなった。

 未来をどのように構想するか。基地問題の解決も、この大きな変化を前提にすべきだ。既得権に凝り固まった官僚政治の中からは、基地問題の解決策は生まれない。
(沖縄タイムス5/3社説、記事原文はコチラ


琉球新報5/3社説 憲法記念日 活憲で命輝く社会を/沖縄は不沈空母ではない
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憲法記念日
 
活憲で命輝く社会を 
沖縄は不沈空母ではない

 おびただしい数の住民が犠牲になった沖縄戦から7年後の1952年4月28日、対日講和条約が発効した。沖縄は日本から分離され、米国施政権下に置かれた。

 非戦を誓った憲法秩序からの完全離脱を強いられたわけだ。

 講和から4年後の1956年、米軍の基地強制接収にあらがう島ぐるみ闘争が最高潮に達した。

 この年、詩人山之口貘は、米軍基地に組み敷かれた故郷を悲しむ「不沈母艦沖縄」を世に問うた。
 〈まもなく戦禍の惨劇から立ち上り きずだらけの肉体を引きずって どうやら沖縄が生きのびたところは 不沈母艦沖縄だ〉

◆安保が上位でいいのか
 戦争を放棄し、恒久平和の理念を掲げる日本国憲法は施行から65年を迎えた。県民は主権者として、平和憲法の恩恵を実感できる沖縄の実現を求め続けている。

 しかし、基地負担が重くのし掛かる沖縄の現実に照らせば「平和憲法の下への復帰」はいまだ遠い。それが施政権返還40年の年に県民が抱く憲法への実感だろう。

 児童が授業を受ける小学校の教室内で、車の1~2メートル前で聞くクラクションと同じ大きさの轟音(ごうおん)が容赦なく響く。いつ襲来するか予測がつかない音の源は米軍機だ。

 罪を犯した米軍人・軍属が基地に逃げ込めば、すぐには逮捕できない。不平等な日米地位協定が改められる気配もない。

 住民の命の重さを二の次にし、平穏に暮らす最低限の生活環境、主権が脅かされる地域が国内のどこに、どれだけあるだろうか。

 日米両政府が沖縄の基地負担軽減を何度話し合っても、軍事的思惑が最優先され、沖縄に基地を押し付ける構図は変わらない。実効性を伴わない「虚飾の負担軽減」が屋上屋を架しているように映る。

 さらに中国をにらんだ「動的防衛力」を掲げ、先島への自衛隊配備に前のめりとなる国の姿が鮮明になっている。

 在日米軍再編見直し協議で、日米の軍事協力を強化するため、国外の米軍基地を自衛隊が使い、日本が資金を拠出する枠組みが打ち出された。専守防衛の憲法理念、国是を逸脱する動きが国会での議論もなく加速することは危うい。

 日米両政府と、新基地を拒む、沖縄の民意との溝は深い。安保が上位に立ち憲法をしのぐ状況も深まっている。沖縄はあたかも憲法が機能しない「番外地」のようだ。

 山之口貘が、沖縄を不沈母艦になぞらえ、悲嘆した状況と何がどう変わったのだろうか。

◆放置される不条理
 為政者の最大の役割は、憲法に基づいて、国民の生命・財産を守ることにある。

 日本政府の側に憲法を守り、国民を大切にする意識が希薄だからこそ、沖縄の「不条理」が是正されないまま放置されている。

 権力の暴走に歯止めをかける憲法が持つ役割、輝きがくすんでいるのではない。主権者である私たちは、諦念(ていねん)にとらわれ、理想をかなぐり捨てるわけにはいかない。

 立法、司法、行政の三権、そして地方自治体、国民一人一人が憲法を活(い)かす「活憲」の思考回路を広げることで、市民の目線でこの国の在り方や人権状況を問い直し、改めていかねばならない。

 昨年3月に起きた東日本大震災を機に、憲法25条が定める「生存権」にあらためて光が当たった。同条は「すべての国民は健康で、文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とうたう。

 原子力発電の危険性への備えと民主主義に欠かせない情報公開が欠けたまま、福島第1原発事故が起き、未曽有の被害が生じた。

 放射線が残り、帰宅すらかなわない住民も多い。「安保」と同様に「原発推進」の国策が憲法を凌駕(りょうが)して安全を置き去りにし、住民の生命、財産を危機に追いやった。

 生存権や幸福追求権に根差した大震災・原発事故の被災地復興と、沖縄の差別的な基地集中の是正に憲法再生の道筋を重ねたい。
(琉球新報5/3社説、記事原文はコチラ


 
(沖縄タイムス5/3)



 
(琉球新報5/3)



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http://michisan.ti-da.net/e4007735.html

  

Posted by ミチさん at 20:46Comments(0)TrackBack(0)大丈夫か この国

2012年05月02日

議会に配慮 本音は辺野古


(琉球新報5/2、記事原文はコチラ


首相の脳裏に沖縄なし 首脳会談に怒りの声

いいぞ!若者代表 カクマクシャカ 

(琉球新報5/2、記事原文はコチラ




(琉球新報5/2)



沖縄タイムス5/2社説 [日米首脳会談]どこへ行った負担軽減
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[日米首脳会談]どこへ行った負担軽減

 空疎と言わざるを得ない内容だ。沖縄の負担軽減はどこへ行ったのか。

 野田佳彦首相とオバマ米大統領はワシントンで会談を行い、共同声明を発表した。公式の首脳会談は民主党政権では初めてだ。

 これまでの日米首脳会談では米軍普天間飛行場の辺野古移設の推進を確認するのが常だったが、今回、普天間問題を棚上げし沖縄の負担軽減にも具体的な言及はなかった。

 なぜか。日米両政府は先月25日、在日米軍再編見直しの共同文書を発表する予定だった。直前になって米上院のレビン軍事委員長(民主)ら重鎮からクレームが付き発表を延期した。共同文書は当初、辺野古移設を「唯一の有効な解決策」としていたが、玉虫色にして発表された。

 レビン氏らは昨年、辺野古移設について「非現実的、機能せず、費用負担もできない」と酷評し、国防総省に断念を求めている。米国では予算は議会が作成するため、オバマ大統領が議会の顔色をうかがったのは間違いない。

 共同文書をめぐるドタバタ劇と今回の共同声明は日米合意が事実上死文化していることを示している。

 共同文書は、普天間移設と切り離して返還する嘉手納基地より南の5基地を13区域に分け「すみやかに返還」「県内で機能移設後に返還」「海兵隊移転後に返還」など3段階に区分している。

 いずれも時期は明示していない。対象の基地も焼き直しで地元の意向を聞かないままの不透明な返還計画である。

 与世田兼稔副知事が、真部朗沖縄防衛局長に「細切れ返還で、土地開発への影響が懸念される」として一体的な返還を求めたのは当然だ。

 両首脳が発表した共同声明で顕著になったのは、自衛隊と米軍の一体化である。経済的、軍事的に台頭する中国を念頭に置いたものだ。南西諸島など島しょ防衛を強化する日本と、アジア太平洋地域を重視した米国が連携を深めることを明示した。

 在日米軍再編見直しの共同文書では、グアムのほか、米自治領・北マリアナ諸島に自衛隊と米軍が共同使用する訓練場を整備することなどが盛り込まれている。

 だが、これはグアム移転協定の趣旨から完全に逸脱するものだ。協定は、まがりなりにも、在沖米海兵隊をグアムに移転し、沖縄の負担軽減を図るという理由があったからである。

 グアム移転の海兵隊が半分に減少したにもかかわらず、日本側の負担は28億ドルと変わらない。米国内のインフレ率で実際の負担は31億ドル程度という。円建てでは日本側の負担は2009年の協定署名時と同じ約2500億円と政府は説明するが、本来なら減ってしかるべきだ。その移転費で北マリアナ諸島などに共同訓練場を整備するという。

 沖縄の負担軽減のための予算枠を使い、負担軽減とは何の関係もないことをやろうとしている。そもそも何を根拠にしているのか。

 国会では十分な議論もなく、官僚主導で事が進んでいる。政治の姿が見えない。
(沖縄タイムス5/2社説、記事原文はコチラ


琉球新報5/2社説 日米首脳声明/命脅かして安保か 普天間放置は罪深い
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日米首脳声明
命脅かして安保か 普天間放置は罪深い
 
 直面する具体的な課題に目をつぶり、未来志向を前面に打ち出すことで蜜月ムードを演出する。

 米ワシントンを初めて公式訪問した野田佳彦首相とオバマ大統領の日米首脳会談のことだ。

 会談や共同声明は日米同盟の深化をことさら強調する一方で、根幹となる安全保障に関し、懸案である米軍普天間飛行場の返還・移設問題には触れなかった。いや触れられなかったと言うべきだろう。

 沖縄の民意に真摯(しんし)に向き合おうとしない意思決定など、民主国家にあるまじき茶番劇というほかない。このままでは同盟深化の演出とは裏腹に、日米関係も沖縄問題も迷走を続けて行くだろう。

「空手形」の限界露呈
 過去2回の野田―オバマ会談は、普天間飛行場を名護市辺野古に移設する現行計画の推進を確認してきた。

 辺野古移設については仲井真弘多知事をはじめ県民の大多数が反対しているにもかかわらず、具体的な進展を求めるオバマ氏に対し、野田首相は「地元の理解に全力を挙げる」と約束。いわば「空手形」を切り続けてきた。

 だが、日米両政府が首脳会談の4日前に発表した在日米軍再編見直しの共同文書は、辺野古以外にも検討の余地を広げる文言を初めて盛り込んだ。

 辺野古移設をかねて疑問視し、嘉手納基地への統合案を提起する米上院のレビン軍事委員長ら米議会有力議員らに配慮したためとされる。辺野古で空手形を切り続ける限界を露呈したともいえる。

 ただ、レビン氏らが掲げる嘉手納統合案は地元を中心に県民の反発も強く、辺野古と同様に実現は事実上不可能だ。首脳会談では空手形こそ封印したが、解決の糸口すら見えない普天間問題を単に棚上げしたにすぎない。

 そもそも米軍再編見直しの共同文書そのものが、首脳会談の成果をアピールするための「小道具」との印象が否めない。レビン氏らに配慮するため、発表の期日が直前になって延期されたドタバタ劇からも明らかだろう。

 首脳会談で棚上げされた懸案はほかにもある。民主党内にも根強い反対論がある環太平洋連携協定(TPP)についても、野田首相は交渉参加の表明を先送りした。党内事情はともかく、関税の原則撤廃により安価な外国産農産物の流入を懸念する農家の不安や疑問が払拭(ふっしょく)されたとは到底言い難い。自動車、保険、牛肉の3分野での市場開放を求める米側の圧力は強いが、安易な妥協は決して許されない。

負担軽減に逆行
 共同声明は名指しこそしていないが、「中国包囲網」の色彩が濃い。南西諸島などでの警戒監視活動など「動的防衛力の構築」を図る自衛隊と、アジア太平洋を重視する米軍が連携を深める方針を確認。自衛隊と米軍の共同訓練や施設の共同使用で警戒監視や偵察活動などを強化する狙いだが、それによって、いたずらに中国側を刺激してはならない。

 オバマ大統領は「核兵器なき世界」の構想を打ち出しノーベル平和賞を受賞したが、理想と行動が乖離(かいり)することなく、平和賞にふさわしい振る舞いを貫くべきだ。

 その延長線上で、普天間の県外移設や基地負担の軽減を求める沖縄県民の声にも真剣に耳を傾けるべきだ。日米両政府は沖縄の負担軽減こそうたってはいるが、実現への意欲が全く感じられない。これ以上、思考停止は許されない。

 そもそも普天間飛行場への垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの7月配備が計画され、普天間の固定化がささやかれること自体が言語道断であり、負担軽減に逆行する。自由や民主主義、基本的人権の尊重を日米共通の価値観と高らかに掲げながら、沖縄に対する差別的対応は二重基準そのものだ。

 県民の怒りのマグマは表向きは静かだが、再び臨界点に近付きつつある。日米両政府は、沖縄の民意を甘く見るべきではない。
(琉球新報5/2社説、記事原文はコチラ
  

2012年05月01日

沖縄タイムスの1面トップは共同宣言ではなくこれでした


(沖縄タイムス5/1、記事原文はコチラ



普天間に触れない両首脳の共同宣言なんて、ニュース価値なしということでしょう  

2012年05月01日

発言する沖縄の記者たち パート2

※一番下にあるスクロールバーを左右に動かしてお読みください


ちょっと気になった記事3題


(沖縄タイムス4/29)



 
(沖縄タイムス4/15)



記者関連でこんな記事もありました

琉球新報のエース投入です(地方紙の海外特派はすごいことです)

 
(琉球新報4/19)



【関連する日記アーカイブ】 
2012.04.04 発言する沖縄の記者たち  

2012年04月30日

連載 「新琉球考 復帰40年」

一番下にあるスクロールバーを左右に動かしてお読みください

 
(沖縄タイムス4/30)



 
(琉球新報4/30)



 
(琉球新報5/1)




【関連する日記アーカイブ】
2012.02.22 国家の罪を裁き、西山氏の名誉を回復せよ
2010.04.10 沖縄密約全面勝訴
2009.12.03 沖縄密約証言「国家のうそ」が暴かれた


5/3追記

 

(琉球新報5/2)



  

Posted by ミチさん at 23:07Comments(0)TrackBack(0)沖縄返還密約

2012年04月29日

43年ぶりの海上集会 4・28運動 全国へ

辺戸岬と与論島でかがり火が燃えた



 
(沖縄タイムス4/29、記事原文はコチラ



 
(琉球新報4/29、記事原文はコチラ



 
(沖縄タイムス4/29、記事原文はコチラコチラ



 
(琉球新報4/29)



琉球朝日放送ニュース映像(動画)
2012.04.28 北緯27度線 43年ぶり 海上集会開催


沖縄タイムス4/28社説[講和条約発効60年]基地政策の惰性改めよ
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[講和条約発効60年]基地政策の惰性改めよ

 サンフランシスコ平和条約(対日講和条約)は1952年4月28日、発効した。敗戦国日本が主権を回復し、国際社会に復帰した日である。

 全国の多くの学校で朝礼が開かれ、学校長が講和発効の意義を説いた。講和発効にちなんで祝典歌「日本のあさあけ」を歌い、万歳を三唱した学校もあったという。

 「日本のあさあけ」は、吉田茂内閣の依頼で歌人の斎藤茂吉が作詞し、「海ゆかば」を作曲した信時潔が曲をつけたものだ。

 当時の吉田茂内閣は、平和条約を「寛大な講和」だと評価し、祝賀ムードを演出したが、講和条約には負の側面も多かった。「北緯29度線以南の南西諸島」の施政権が米国に委ねられたのである。

 53年、奄美諸島の日本復帰が実現し、与論と沖縄の間の「北緯27度線」が新たな国境になった。

 塩屋小学校の2年生が66年に作文を書いている。

 「うみに、せんがひかれて、日本のうみ、おきなわのうみと、わかれているというが、ほんとうかな。ほんとうにせんがみえるかな。うみのうえで、あくしゅして、早く日本にかえるようにするそうです」

 あれから60年。鹿児島県与論町と国頭村の人々が28日、27度線周辺の海上に集い、かつての海上集会を再現する。

 沖縄の復帰は40年前に実現したが、サンフランシスコ体制の下で築かれた沖縄の基地群と自由使用という運用形態は、依然として清算されていない。

 4月28日に海上集会を再現することは、現在の問題を考える上でも、大きな意義がある。

 復帰前、米国は司法、立法、行政のあらゆる権限をもっていた。

 琉球上訴裁判所で係争中の事件の裁判権を米国民政府裁判所に移送したり、選挙で選ばれた瀬長亀次郎那覇市長を反米だとの理由で布令を改正して追放したり。米国に都合の悪い状況が発生すると、米国民政府は権限行使をちゅうちょしなかった。

 事件事故の米兵加害者が軍法会議で無罪になったケースも多い。

 68年の主席公選が実現するまで、沖縄の人たちは、選挙で自分たちの主席(今の県知事)を選ぶことさえできなかった。

 詩人の山之口貘が嘆いたように、米国統治下の沖縄は「日本みたいで/そうでもないみたいな/あめりかみたいで/そうでもないみたいな/つかみどころのない島」だった(詩「正月と島」より)。

 講和条約に調印する前の1940年代後半までは、沖縄の将来について、「独立」や「国連の信託統治」を主張する人々も多かった。

 沖縄戦直後の多様な政治的主張が「復帰」に収れんしていくのは、講和条約調印が現実の政治日程にのぼったころからだ。条約発効直後の52年11月、立法院は早くも「琉球の即時母国復帰請願」を決議している。

 講和後、沖縄の民意が急速に変化したのはなぜだろうか。(1)日常的に「自治」「人権」が脅かされ、(2)沖縄の国際的地位もウチナーンチュの法的位置づけも不安定で、日本人なのか琉球住民なのか、つかみどころがなく、(3)基地建設のための土地接収が相次ぐなど、住民の財産権まで脅かされ、(4)米兵の事件事故も多発するようになった―からである。

 72年5月15日の日本復帰は、沖縄にとって、米国統治に終止符を打つ大きな「世替わり」だった。だが、苦難の歴史に終止符が打たれたわけではない。

 2010年5月、鳩山由紀夫首相が来県し、米軍普天間飛行場に隣接する普天間第二小学校体育館で住民との対話集会が開かれた。同校教諭の訴えは、今、早急に解決すべき問題が何なのかを明確に示している。

 「騒音による昨年度の授業の中断は実に50時間。それだけの時間を七百人余の子どもたちは奪われているのです」

 50年代、60年代に騒音に悩まされる日々を送った子どもたちの、その子や孫の世代が、今なお米軍の騒音に脅かされ続けているのである。

 この現実をこれ以上放置することは許されない。
(沖縄タイムス4/28社説、記事原文はコチラ



琉球新報4/28社説 対日講和発効60年/人権蹂躙を繰り返すな 許されぬ米軍長期駐留
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対日講和発効60年/人権蹂躙を繰り返すな 許されぬ米軍長期駐留

 60年前と一体、何が変わったのか。日米両政府が27日に発表した在日米軍再編見直しの共同文書にこんな印象を抱く県民が多いのではないだろうか。

 米軍普天間飛行場の移設先について名護市辺野古が「これまでに特定された唯一の有効な解決策である」と結論づけた。知事をはじめ県内世論の大多数が県内移設に反対しているにもかかわらず、県土の利用方法を日米が県民の頭越しに勝手に決めたのだ。

連綿と続く「屈辱」
 60年前のきょう4月28日は対日講和条約(サンフランシスコ平和条約)が発効された日。敗戦国の日本が完全に主権を回復し、連合国の占領状態から独立を果たした。一方でこの日を境に沖縄、奄美を含む南西諸島が日本から切り離され、米軍統治という異民族支配が始まる。その後に連綿と繰り返された住民弾圧、人権蹂躙(じゅうりん)の源流となるこの日を、沖縄では「屈辱の日」として語り継いできた。

 沖縄を日本から切り離した米軍はまず、住民が暮らしていた土地を強制的に接収し、基地拡大を始めた。1953年4月、真和志村の安謝、天久、銘苅に土地収用令を発令し、その後も伊江島、読谷、小禄、宜野湾の各村に武装兵を動員し「銃剣とブルドーザー」で住民を追い出し、家屋を次々となぎ倒した。

 こうして日本の国土面積の0・6%しかない沖縄県は現在、在日米軍の74%を抱えて差別的な過重負担を強いられている。

 「沖縄における米軍のプレゼンス(駐留)の長期的な持続可能性を強化する」。共同文書は記す。

 戦後67年も基地被害に苦しんできた沖縄に、長期にわたって基地を置き続けるという日米の狙いがはっきりした。条約発効から60年後の「屈辱の日」前日に、新たな「屈辱」が重ねられる。沖縄をいつまで日米安保の踏み台にするのか。

 昨年11月に「普天間」移設作業で環境影響評価書の提出時期を記者から問われた当時の沖縄防衛局長は「犯す前に、これから犯すと言いますか」と言い放った。県民を陵辱の対象にしか見ず、沖縄の民意を踏みにじってでも新基地建設を押し進めようという政府側の姿は「銃剣とブルドーザー」と何が違うのだろう。

 共同文書には「普天間」移設先で名護市辺野古以外の選択肢の余地に含みを残す文言が入った。辺野古について「唯一の有効な解決策である」とする記述の前に加わった「これまでに特定された」という部分だ。現時点では辺野古は「有効な解決策」だが、将来までは保証しないという含意がある。

理不尽な県民無視
 この記述は、嘉手納統合案を主張し、共同文書の発表日程を「詰めが不十分」だと批判して延期させた米上院のレビン軍事委員長らに配慮して盛り込まれたようだ。国防予算を左右する大物議員の声には耳を傾ける日米両政府が、当事者である県民の意向を無視するのはあまりにも理不尽だ。

 将来、辺野古を断念したとしても、レビン氏らの意向が反映されれば嘉手納統合案という県内移設を押し付けられかねない。今年7月に普天間飛行場に配備予定というMV22オスプレイも今年初めの時点では、県内配備の前に本州の米軍基地で先行駐機する案が浮上していた。しかし今月になって受け入れ態勢などに問題があるとの理由で断念し、沖縄が国内初の配備地となりそうだ。言語道断だ。

 57年前、土地を奪われた伊江島の住民が本島に渡り、多くの人々に実情を訴えるために行脚した「乞食行進」でこう訴えた。

 「乞食するのは恥であるが、武力で土地を取り上げ、乞食させるのは、なお恥です」。戦後も沖縄だけに過重負担を強いている現在の日米両政府の姿にも通じる一文である。

 民主国家を標榜する日米の下でこれ以上、人命、人権が脅かされる構造的暴力を許してはならない。
(琉球新報4/28社説、記事原文はコチラ

【関連する日記アーカイブ】
2012.04.22 めぐってくる「復帰の原点 4・28」  

2012年04月28日

再編見直しは、辺野古見直しに非ず

 
(琉球新報4/28、記事原文はコチラ



 
(沖縄タイムス4/28)



 
(琉球新報4/28)



琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.04.27 日米共同発表 嘉手納より南 5施設を13分割


【関連する日記アーカイブ】
2012.04.27 この時期の共同文書の意味は?


4/29追記

沖縄タイムス4/29社説 [日米共同文書]負担軽減の本気度疑う
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[日米共同文書]負担軽減の本気度疑う


 在日米軍再編見直しをめぐる日米共同文書発表を受け、県内は疑念と無力感に包まれている。

 普天間問題は、辺野古移設を「これまでに特定された唯一の有効な解決策」と表記。嘉手納統合を提唱する米上院軍事委員会のレビン委員長らへの配慮から「これまでに特定された」との下りが土壇場で追記された。とはいえ、辺野古以外の具体策の検討は進んでいない。軸足が定まらないまま、その場しのぎの「外交的な作文」が仕上がったにすぎない。

 共同文書は「政治的に実現可能」な基準を満たす方法で普天間移設に取り組むとしている。これは沖縄の政治や世論状況を指す。にもかかわらず、県外移設を求める沖縄の意向が全く反映されていない合意は明らかな矛盾である。

 誰のための「見直し」なのか。アジア太平洋地域の米海兵隊のローテーション配備を急ぐ「米側の都合」に起因しているのは明白だ。今月末の日米首脳会談で、同盟の深化を演出したい両政府の思惑を優先したのが実情だろう。

 共同文書には、普天間飛行場の補修に日米で取り組むことも盛り込まれた。住民の生命・財産を危険にさらし続ける基地を維持するために血税を注ぐ。この不条理と向き合うのは県民には耐え難い。

 普天間問題に関わる日米合意は1996年の返還発表以降、何度も塗り替えられてきた。過去の教訓から学ぶべきは、実行不能な策に固執する愚かさだろう。日米は普天間の危険性への切実感に乏しい、と断じざるを得ない。

 玄葉光一郎外相は日米の見直し協議に先立つ2月、「地元の要望に応え、負担軽減を先行する」と強調した。共同文書の内容から「負担軽減の先行」を実感する県民がどれだけいるだろうか。

 返還対象の大半は「県内に機能移転後」または「海兵隊移転後」の条件が付く。「速やかに返還」とされた施設は全体のごく一部である。跡利用に神経をとがらせる県内自治体は「細切れで返還されても据え置きになるだけで空理空論だ」との冷めた見方が主だ。官僚の「机上の合意」がいかに実利と乖離(かいり)しているかはりょう然としている。

 だいいち、ほとんどが過去に返還合意されたものの焼き直しで新味を欠く。県内移設条件付きのため進展してこなかった状況が改善されるわけでもない。返還時期も明記されず、負担軽減の本気度を疑う内容だ。これを「成果」と誇るのは筋違いも甚だしい。

 嘉手納基地より南の米軍施設の「先行返還」で得点を稼ぎ、普天間飛行場の辺野古移設に向け、県の軟化を促す。これが官僚の描く筋書きだった。米交渉の読みの甘さ、県民世論とのピントのずれは救い難い。逆の見方をすれば、政府は辺野古移設を進めるまともな手だてを持ち合わせていないことの証しでもある。

 共同文書は「2国間の動的防衛協力の促進」に向け、日米の共同訓練場をグアム以外に米自治領の北マリアナ諸島に整備する方針も掲げた。米軍と一体化する自衛隊の沖縄進出の動向に注視が必要だ。
(沖縄タイムス4/29社説、記事原文はコチラ


 
(沖縄タイムス4/28)




(沖縄タイムス4/29)
  

2012年04月27日

「朝まで生テレビ! 沖縄で激論」(テレビ朝日系25:25~)

きょうの深夜です




森本敏 VS 大田昌秀

小池百合子 VS 糸数慶子

田原総一朗 VS 沖縄ジャーナリスト三人衆
  
三上智恵・謝花尚・前泊博盛  
                                           


あのケビン・メアも出るよ 
                               

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2012年04月27日

この時期の共同文書の意味は?

こんな内容、延期でなく撤回を!






 
(琉球新報4/26、記事原文はコチラ



 
(琉球新報4/26、記事原文はコチラ)

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戦略、見積もり欠如 共同文書発表延期

米議会の不満根強く
 25日に予定されていた在日米軍再編計画見直しの共同発表は、米上院の有力議員が出した批判声明で急きょ延期された。米軍全体の基本戦略や費用見積もりなどを示さない米政府の対応に米議会が強い不満を表した格好だ。声明を出した米上院のレビン軍事委員長らは米軍普天間飛行場を辺野古に移設する現行計画の実現性を疑問視し、嘉手納基地への統合案を提唱している。現行計画を「唯一の有効な解決策」としてこれまでの方針を変えず辺野古移設を推し進める共同文書に、実現性を担保するよう求めたことが背景にあるとみられる。

 「現時点での発表は時期尚早」。国防予算の承認に影響力がある上院軍事委員会のレビン委員長らはパネッタ米国防長官に送った書簡でこう言い切った。再編計画見直しは「正しい戦略上の基本理念と財政的に持続可能な計画により決定されることが必要だ」と発表に待ったをかけた。

 レビン氏らが「詰めが不十分」と非難した項目はアジア太平洋地域の米軍全体の戦略構想や海兵隊の役割、空軍の配置といった全体像から、環境影響評価や厳格なコスト計算などの詳細まで多岐にわたる。

 これらの提示ついて、国防費削減に取り組む米議会はこれまで政権側に再三要求してきた。昨年12月に可決された2012会計年度国防権限法にも盛り込まれている。同法は在沖海兵隊のグアム移転費の新規計上を認めず、過去分の執行も凍結。解除条件として、普天間代替基地建設の進展とアジア太平洋地域の最新の兵力構成を示すことなどを挙げている。

 一方、米政府から発表延期の申し入れで、これまで米国と交渉に当たってきた防衛省、外務省は対応に追われた。防衛省幹部は「想定してはいなかった」と困惑した様子。30日の日米首脳会談に向け、週内に何としても文書を発表したい日本政府の意向がにじむが、発表時期のめどは立っていない。関係者からは「共同文書の発表ができなければ、総理が訪米する意味がなくなる」と影響を懸念する声も上がる。

 野田佳彦首相訪米に間に合わせるため急いだ米軍再編見直しの政府間協議は米議会の要求に配慮しないまま進められ、共同文書としてまとめられた。予定していた発表を取りやめた異例のドタバタ劇にはオバマ政権と議会側の対立が色濃く反映し、議会を交えた日米協議の在り方が問われている。(問山栄恵)


琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.04.26 米軍再編見直し文書 マケイン上院議員「費用見積もり不十分」と批判  

2012年04月25日

オスプレイ配備 前倒しか?

本土駐機は断念なのに、なぜ沖縄か




(沖縄タイムス4/25、記事原文はコチラコチラ



 
(沖縄タイムス4/25、記事原文はコチラ



 
(琉球新報4/25、記事原文はコチラ



 
(沖縄タイムス4/25、記事原文はコチラ



琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.04.25 オスプレイ7月配備へ
2012.04.25 県内の反応は


【関連する日記アーカイブ】
2012.04.13 続報 オスプレイがまた墜ちた
2012.04.12 オスプレイがまた墜ちた
2012.02.10 オスプレイが沖縄の空にやってくる


4/26追記
 
(沖縄タイムス4/26、記事原文はコチラ



 
(沖縄タイムス4/25、記事原文はコチラコチラ



琉球新報4/26社説 オスプレイ前倒し 命脅かす暴挙止めよ
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オスプレイ前倒し 命脅かす暴挙止めよ

 米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの普天間飛行場への配備計画について、米側が今年秋としていた計画を前倒しして7月に配備することを日本政府に伝えた。11日にモロッコで墜落事故を起こし、事故原因も明らかにされていない中での強行配備である。

 県民の命を危険にさらすオスプレイ配備は、断じて認められない。米側は、前倒しはおろか普天間配備計画を直ちに撤回すべきだ。日本政府も断じてこれを容認してはならない。

 試作段階から度々事故を起こすなどその危険性が指摘されてきたオスプレイだが、いまだに安全性が確保されていないことは、先のモロッコでの墜落事故を見ても明らかだ。米軍は、老朽化しているCH46中型輸送ヘリの代替機として必要だとしているが、そうだとしたら筋違いも甚だしい。米側は、事故の原因究明と安全性確保に全力を挙げるべきであり、普天間飛行場への配備前倒しなど論外だ。

 それにしても、墜落事故からまだ日が浅い中で、ひそかに普天間配備の前倒しを情報交換する日米当局者の感覚には、背筋が寒くなる。PAC3の配備協力に対する関係自治体への「お礼参り」で来県した田中直紀防衛相は、今回のオスプレイ前倒し配備には滞在中一切触れなかった。その不誠実さはいまさら指摘するまでもないが、これで政府方針への県民の理解と協力が得られるとはゆめゆめ思わぬことだ。

 日米が配備を検討していた本州の米軍基地での先行駐機を、受け入れ態勢に問題があるとして断念したことにも矛盾を感じる。問題があるのはどこも同じだ。沖縄だけは許されるとでも言いたいのか。米軍基地問題に横たわる「沖縄差別」がここにも垣間見える。

 普天間飛行場への前倒し配備の報道を受け、宜野湾市の佐喜真淳市長は「事実であれば遺憾。許されるものではない」と断固反対の姿勢を示した。6月にはオスプレイ配備に反対する市民大会を計画している。命を脅かす日米の暴挙を止めるため県民の強い意志を示したい。

 普天間飛行場は今後複数年にわたって補修が予定されている。オスプレイが配備されれば、ますます機能は強化され、住民の基地被害も増えよう。米軍優先か、住民の生命・財産を守るのか、政府が出すべき答えははっきりしている。普天間はもはや閉鎖するしかない。
(琉球新報4/26社説、記事原文はコチラ


沖縄タイムス4/26社説[オスプレイ7月配備]日本は米国の「属国」か
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[オスプレイ7月配備]日本は米国の「属国」か

 復帰から40年がたとうとしているのに、米政府に、何の異も唱えない。世界中どこを見回してもこれほど卑屈な政府はないのではないか。

 米政府が垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを7月にも米軍普天間飛行場に配備する方向で検討していることが明らかになった。予定から約3カ月も前倒しするものだ。

 キャンプ富士(静岡県御殿場市)や岩国基地(山口県岩国市)などで先行運用した上で普天間に配備する予定だった。米政府が在沖米海兵隊の一部を岩国基地に分散する提案をしたとき、山口県や岩国市の強い反対に遭い、結局、政府はいち早く地元の意向を聞き入れた経緯がある。強い拒否反応から政府はオスプレイを本土で先行運用することは無理と判断したようだ。

 岡田克也副総理は今年3月、オスプレイ配備を懸念する当時の普天間第二小学校長に「今のヘリとの置き換えで、プラスアルファではない」と語った。外務省幹部も「一般的な装備の変更であり、配備がいい、悪いという議論にはなり得ない」と言っている。

 新機種が配備されるときに決まって持ち出される論理である。だが、今回はこれまでとは全く事情が異なる。

 オスプレイは開発段階から多くの墜落事故を引き起こし、30人以上の兵士らが犠牲になっている。4月に入ってアフリカ北部モロッコで合同演習中に墜落し、搭乗していた海兵隊員2人が死亡したばかり。事故原因もまだ特定できていない段階だ。

 宜野湾市が6月17日に市民ぐるみの反対大会を開く準備を進めているさなかである。本土の意向は聞き、沖縄には押し付ける。あからさまな差別としか言いようがない。

 それだけではない。

 普天間周辺には1大学、12小中学校、3高校がある。

 文部科学省の学校環境衛生管理マニュアルでは、教室内は「窓を閉めた場合は50デシベル以下、窓を開けているときは55デシベル以下が望ましい」としている。これまで政府も自治体も教室内の継続的な騒音調査をしたことがない。

 前倒しすべきは、学校で早急に騒音の実態調査を行い、文科省の基準に合致するような実効性のある対策を講じることである。

 米政府は2012年度から日本側の経費負担で普天間の補修を実施する。

 滑走路は米側が18~19年度に行うとしており、普天間を長期使用する計画であることも明らかになった。

 「世界一危険な飛行場」の返還を先延ばしし、長期間使用するため、補修をする。

 墜落事故の絶えない垂直離着陸輸送機を、地元の反対の声を無視して、前倒し配備する。そんなことが許されていいのか、政府と全国会議員に問いたい。

 沖縄を、日本の安全保障のために米国に差し出すのはもういいかげんにしてもらいたい。

 野田内閣は辺野古移設が事実上のマニフェスト(政権公約)違反であることを認識しなければならない。官僚に丸投げするのではなく、政治の意思を示すべきだ。
(沖縄タイムス4/26社説、記事原文はコチラ
  

Posted by ミチさん at 23:59Comments(0)TrackBack(0)オスプレイ

2012年04月24日

米軍再編見直し 「普天間返還」が原点だ

きょうの沖縄タイムス社説です(太字等はブログ編集者の編集による)

沖縄タイムス4/24社説 [米軍再編見直し]「普天間返還」が原点だ
下

[米軍再編見直し]「普天間返還」が原点だ

 あの熱気はどこへ行ってしまったのだろう。

 潮が引いていくように国民の関心が薄れ、新たな解決策を模索すべき政治家にも無力感や徒労感が広がっている。

 沖縄の負担軽減を是が非でも実現しなければならないという国民の声も、残念ながらその水位が急速に下がってしまった印象だ。

 日米両政府による米軍再編の見直し協議は、普天間問題の新たな解決策を打ち出す絶好の機会である。今が大きなチャンスなのに、野田内閣からは、辺野古移設の見直しを求める強い意志が少しも伝わってこない。

 1996年の返還合意以来、16年も漂流を続けている米軍普天間飛行場の移設問題は、どこに向かおうとしているのだろうか。

 普天間問題は今、二度目の大きな転換点を迎えている。今回の米軍再編見直しによって、日米合意は「二度死んだ」といえる。

 1回目は、96年12月の日米特別行動委員会(SACO)合意が、同時多発テロ後の米軍再編の中で反古(ほご)にされた時だ。

 2005年6月、リチャード・ローレス国防副次官は日本側との協議の席で、こう語ったという。「ヘノコ・イズ・デッド」(辺野古案は死んだ)。

 翌06年5月、「SACO合意」に基づく海上基地案は正式に葬り去られ、「米軍再編合意」に基づく辺野古案が新たに打ち出された。この二つは、似て非なるものだ。

 そして今回。「米軍再編合意」に基づく辺野古案も立ち行かなくなり、大幅な見直しを迫られることになった。

 米軍再編合意は「2014年までの(代替施設の)完成」を目標に掲げた。

 辺野古案が暗礁に乗り上げたため、普天間の返還時期は後退し、昨年6月の日米合意では「できる限り早い時期に」というあいまいな表現に変わった。

 SACO合意に盛り込まれた「5~7年以内」の返還からすれば、後退に後退を重ねてきたことがわかる。

 そして、今回の米軍再編見直し協議の中で、米国側は、18~19年度に普天間飛行場滑走路の大幅な改修工事を実施する計画であることを明らかにした。

 公式には辺野古案を堅持しつつ、今後も普天間を使い続けるという虫のいい話だ。

 嘉手納基地より南の施設を、普天間の辺野古移設と関係なく先行的に返還するのはいい。だが、肝心の普天間返還が遠のくことになれば、本末転倒である。

 世界で最も危険だと言われる普天間飛行場の一日も早い返還こそ問題の原点である。

 沖縄を訪れたクリントン米大統領も橋本龍太郎首相も沖縄の基地負担軽減に熱心だった。橋本首相は大田昌秀知事と17回も会っている。一国の総理と一県知事がこれほど頻繁に面会するのは極めて異例のことだ。

 だが、時とともに初発の志が失われ、実質の伴わない「フタンケイゲン」という言葉が日米双方で空しく飛び交っている。今こそ原点に立ち返るべきだ。
(沖縄タイムス4/24社説、記事原文はコチラ



(琉球新報4/21、記事原文はコチラ




(琉球新報4/21)
  

2012年04月24日

「迎撃配備」の深層 自衛隊南進を読み解く

参院本会議で問責決議を可決され、次回の内閣改造でその去就が取り沙汰されている田中防衛相が沖縄を訪問し、県知事や市長村長らと会い、過日のPAC3沖縄配備の協力に対する謝意を伝えた。国民を守るためと称した配備を受け入れた自治体にわざわざお礼に出向く必要が果たしてあるのか。2009年にPAC3を配備した際には、配備先の秋田・岩手両県に対し防衛相はお礼参りしていない。また与那国島訪問では、防衛相のほか、渡辺防衛副大臣や北沢前防衛相(党副代表)も島民への配備受け入れへの感謝として来島している。


 
(琉球新報4/24、記事原文はコチラ



琉球朝日放送のニュース映像
2012.04.23 田中防衛大臣 関係自治体へPAC3配備に謝意


 
(琉球新報4/23)



(琉球新報4/24)



【関連する日記アーカイブ】
2012.04.15 沖縄タイムス 新連載「自衛隊着々ミサイル狂騒曲の裏側(全6回)」-完-
2012.04.09 PAC3は地ならし 米軍に取られ自衛隊に取られる先祖の土地
2012.04.04 便乗型軍事演習にすっかり乗せられた国民
2012.03.31 この大げさな対応の異常さに気付かない国民  

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2012年04月24日

32軍壕説明板 設置検討委員長見解


(沖縄タイムス4/23、記事原文はコチラ



琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.04.22 第32軍司令部壕説明板問題 シンポジウム


 
(琉球新報4/16)



 
(琉球新報4/17)



 
(琉球新報4/18)



 
(沖縄タイムス4/22)



【関連する日記アーカイブ】
2012.03.29 32軍司令部壕 協議決裂
2012.03.24 問答無用!? 県が32軍壕説明板を強行設置
  

Posted by ミチさん at 00:02Comments(0)TrackBack(0)沖縄戦

2012年04月22日

めぐってくる「復帰の原点 4・28」

きょうの琉球新報「金口木舌」です

 燃え上がる炎。甲板にあふれんばかりの人。勢い余って海に落ちる人も―。モノクロの写真からは1960年代の熱気、勢いを感じる

 国頭村で20日に始まった復帰40周年記念写真展。60年代に開かれた4・28海上集会の様子を切り取った一こま一こまを見ていると、沖縄が内包していた力を感じる。「祖国復帰」。人々の思いが一つの方向に向かった時の力強さだ

 沖縄を本土から切り離したサンフランシスコ講和条約発効の4・28から60年。その日に合わせて開かれた海上集会がことし再現される。かつてと違うのは「政治色抜き」。主催するのは国頭村鹿児島県与論町

 集会の再現だけでなく、子ども同士の交流事業もある。関連事業を含め未来志向の企画に―というのが両町村の願い。1月に国頭、与論の担当者が集まる機会があり、同席させてもらった。各担当者が「楽しい仕事は苦にならない」と口々に語ったのが印象的だった

 沖縄の最北端・国頭と鹿児島の最南端・与論。過疎や活性化など共通する悩みもある。過去に交流がなかったわけではないが、これを機に県境を越えた新たな関係を築こうという意気込みが伝わってくる

 4・28は「屈辱の日」と言われる。その歴史の継承は大切だ。同時に海上集会の再現を通して沖縄と鹿児島の将来像を力を合わせて描く「希望の日」も始まってほしい。
(琉球新報4/22、記事原文はコチラ



 
(沖縄タイムス2/1、記事原文はコチラ



 
(琉球新報4/19)



 
(琉球新報4/20)



 
(沖縄タイムス4/16、記事原文はコチラ




(琉球新報4/17、記事原文はコチラ



 
(琉球新報4/14)



【関連する日記アーカイブ】
2010.04.29 4・28沖縄デー(「屈辱の日」)「切り捨て」の発想改めよ
2009.04.28 『屈辱の日』 きょう4・28 沖縄デー  

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2012年04月20日

米軍再編見直し 許せぬ固定化ロードマップ

 
(沖縄タイムス4/19、記事原文はコチラ




(沖縄タイムス4/20、記事原文はコチラ



琉球新報4/20社説 米軍再編見直し 許せぬ固定化ロードマップ
下

米軍再編見直し 許せぬ固定化ロードマップ

25日に公表される在日米軍再編見直しに関する日米両政府の共同文書に、普天間飛行場の補修と日本側の経費一部負担が明記されていることが分かった。米側の要求に日本政府が折れた格好で、圧力を毅然(きぜん)としてはねのけることができず、のみ続ける政府の姿勢がまた露呈された。

 米側は2012年度から8年間で総額200億円の大規模な改修を計画。滑走路の路肩やオーバーラン部分を含め19年度までに全面的に補修する計画を日本に提出していた。これに対し、日本側は「普天間固定化を印象付けかねない」と即座に具体化することを拒否。普天間の安全性確保を口実とした補修方針と日本の一部負担だけの明示にとどめ、辺野古移設計画の堅持を付記した。

 米の普天間大規模補修計画が明らかになって以来、日本政府は「普天間固定化」の印象を避けることに腐心してきた。しかし今回、共同文書に明記した大規模補修は、普天間固定化以外の何物でもない。断じて容認できない。

 補修計画の裏には、辺野古移設に見切りを付け、長期にわたって普天間飛行場を継続使用しようとする米政府の思惑がある。日本政府はそれを受け入れたに等しい。両政府の行為は、住民の早期閉鎖・返還の願いや安全を顧みない暴挙というほかない。

 共同文書には、キャンプ瑞慶覧内の米軍住宅跡地の一部早期返還も明記された。面積は55ヘクタールで同基地全体の8・5%にすぎない。

 日米両政府は本島中南部の米軍5施設・区域の返還計画を今秋までに策定する。だが、米側は5施設・区域の返還について、普天間の辺野古への県内移設が前提との立場を崩しておらず、返還計画を作っても「絵に描いた餅」になる可能性がある。

 キャンプ瑞慶覧内の返還地については、跡地利用の効果を疑問視する声もあるという。これからも今回のような「細切れ返還」が続くのか。両政府は面積に関係なく「返還するだけまし」というおざなりの対応で、これ以上、日米関係を劣化させてはならない。

 今回の共同文書で普天間固定化の道筋が一層色濃くなった。普天間固定化のロードマップを示したに等しい。このようなロードマップが実行されることを断じて許してはならない。
(琉球新報4/20社説、記事原文はコチラ



 
(琉球新報4/10)



(琉球新報4/10)







【関連する日記アーカイブ】
2012.04.08 米、普天間補修8年分200億円を要求
2012.03.30 米海兵隊グアム移転 米に追随 日本の負担増え 海兵隊減らず


4/21追記
琉球新報4/21社説 グアム移転費 日本負担の大幅減額を
下

グアム移転費 日本負担の大幅減額を

 日本政府がお人よしなのか、米国政府が狡猾なのか。在沖米海兵隊のグアム移転に関する日本の負担額をめぐる外務・防衛当局の日米審議官級協議のことだ。

 19日の6回目の会合で2009年の現行協定で合意した負担額28億ドルを31億ドルに見直すことを確認した。米国内のインフレ率などを考慮した。

 日本側の認識は、3億ドル増加しても協定署名時と現在では為替レートの変動により円建て換算なら同じ約2500億円と負担は変わらないというものだ。

 おかしくないだろうか。そもそも経費は沖縄からグアムに移駐する海兵隊の司令部や隊舎、隊員の家族住宅の建設費などに充てられるための経費だ。米国はグアム移転規模を当初の8千人から4200人まで縮小することを決めている。移転する兵員が半減したのだから、経費も半減すると考えるのが自然だろう。

 「人数にかかわらず、下水や浄水処理など相当な規模のインフラ整備が必要となる」との安住淳財務相の説明通りだとしても減額は当然ではなかったか。ところが実際は現状維持どころか、ドル建てでは増額しているのだから、開いた口がふさがらない。

 日本側は兵員縮小を伝えられた当初、米側に減額を求める方針で協議に臨む姿勢を示していた。「減額を求めないと国民に説明がつかない」と話した財務省幹部の考えこそ正論だ。

 ところが米側の立場は逆だった。日本側には当初額より7億ドル上積みした35億ドルを要求してきた。「日本は多くの資金を出し、支援してくれるだろう」。パネッタ米国防長官は下院軍事委員会の公聴会でこう証言している。

 ケビン・メア元国務省日本部長はかつて、沖縄に向けて「日本政府に対するごまかしとゆすりの名人だ」と発言した。現在の米政府にこそ、この言葉が最もふさわしいのではないだろうか。

 米国のこうした要求は国防予算の削減や高水準の財政赤字などが背景にある。しかし日本の財政事情も深刻だ。野田政権は消費増税を進めて国民負担を求めようとしており、米国に譲歩している場合ではないはずだ。

 日本側が大幅な減額を求めなければ、国民の理解を得られまい。米国追従の主体性なき外交をなおも続けるのか。
(琉球新報4/21社説、記事原文はコチラ
  

2012年04月19日

石原氏尖閣発言は沖縄にとってどうなのか?

沖縄県石垣市に属する“尖閣諸島”がまたまた騒がしい
3島の賃料 年間2450万円
 土地の登記簿によると、東京都が購入する方針の尖閣諸島にある3島は、国が年間計約2450万円で借りている。各島の賃料は、魚釣島約2112万円、南小島約188万円、北小島約150万円。

 
(琉球新報4/18、記事原文はコチラ



 
(琉球新報4/19、記事原文はコチラ





 
(琉球新報4/19)



 
(琉球新報4/19)



 
(琉球新報4/18)



 
(沖縄タイムス4/18)



琉球新報4/19社説 石原氏尖閣発言 沖縄の自治権を侵すな/次世代の共生へ道筋を


沖縄タイムス4/18社説 [尖閣購入計画]石原知事の狙いは何か







  

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2012年04月18日

検証動かぬ基地 vol.108 辺野古案、米の有識者はこう見る

http://www.qab.co.jp/news/2012041735007.html



住民目線で民主主義を守ろうとがんばっている沖縄の地元マスコミは新聞社だけではありません。

本ブログでも度々紹介している地元テレビ局のQAB琉球朝日放送もその一つです。

きょうのタイトルにもしたシリーズ「検証 動かぬ基地」は、QABのニュース看板番組でもある「ステーションQ」(月曜~金曜 夕方6:28より)の独自取材をもとにしたもので、すでに108回を数えます。

過去のタイトル、内容を知りたい方はコチラ
http://www.qab.co.jp/news/?tag=%e5%8b%95%e3%81%8b%e3%81%ac%e5%9f%ba%e5%9c%b0